埼玉 神楽を継承 久喜市立鷲宮中・郷土芸能部 ユネスコの無形文化遺産、登録を目指す 「4人の舞がぴったりそろうと、うれしくなる」
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産登録を目指す「神楽」の一つで、関東神楽の源流とされる「鷲宮催馬楽神楽(わしのみやさいばらかぐら)」。過疎化や高齢化で後継者不足に悩む神楽が多い中、継承を下支えしているのが地元の久喜市立鷲宮中学校(松村薫校長、生徒数349人)の郷土芸能部だ。全国的にも珍しい神楽専門の部活として半世紀近い歴史を誇り、鷲宮催馬楽神楽保存会でも3人の元部員が活躍している。
■誇れるもの
笛と太鼓のにぎやかな演奏に合わせ、幣束(へいそく)を手にした4人が畳の上を優雅に舞う。10日の放課後、郷土芸能部の部室では、7月に校内で予定されている3年生の引退公演に向け、部員たちが稽古に励んでいた。
郷土芸能部は1980年に郷土芸能クラブとして発足した。初代顧問を務めた保存会の川井一弘さん(79)は「当時の学校は少し荒れていて、『何か誇れるものがあれば、変わるかもしれない』という期待もあった」と振り返る。川井さんも含め大半の部員は神楽に接するのは初めてで、保存会に協力を仰いだ。
93年の部活動昇格に伴い改称。現在は39人が所属し、地元のイベントや郷土芸能の全国大会に出演している。「4人の舞がぴったりそろうと、うれしくなる」と部長で3年生の加藤愛理さん(14)。1年生の時、発表会で舞う先輩たちの勇姿に憧れて入部した。1年生の菊地空さん(12)は好きな太鼓を習うために入り、「良いリズムが取れた時がすごく楽しい」と汗を拭う。
■消滅の危機
神楽は一度、消滅の危機にひんしている。世襲によって守り続けてきたものの、神楽師が激減し、戦後は笛の名手だった故・白石国蔵が最後の1人に。55年にラジオで神楽の笛の音が全国放送されたのを機に町内の若者が集まり、保存会の前身となる「神楽復興会」が組織された。
ただ、保存会で継承している現在も安心できる状況ではない。槙島昇会長(68)によると、約25人の会員の中には仕事や親の介護などの理由から参加できない人もおり、高齢化も進んでいる。地元の鷲宮神社で年6回、神楽を奉納しているが、毎回7、8演目をこなすのは体力的にもきつく、人手は常に不足しているという。
神楽が無形文化遺産に登録されれば、後継者育成の大きな追い風となる。槙島さんは「今回の提案に入っていない神楽や地域に伝わる小さな祭りも含め、一緒に盛り上がってもらえたら」と期待する。
■舞い戻る
郷土芸能部で神楽に親しんだ部員のほとんどは中学校卒業後、環境の変化に伴い離れていく。「期待しすぎるとプレッシャーになる。無理強いはできない」と槙島さん。一方で、大人になって舞い戻ってくる元部員もいる。
高校卒業後、就職を機に保存会に加わった久喜市職員の川羽田賢太郎さん(48)もその一人。「上手に舞うために先輩の動きをよく観察したので、集中力が身に付いた」と実感する。保存会との交流を通じ、世代を超えた人間関係を構築できたのも、大きな財産になったという。
部内には将来を担う有望な人材も。笛を担当する3年生の細川敬太さん(14)は「神楽を見ていると、心が浄化されるような感覚になる」と魅力を語り、「大人になったら保存会に入り、未来に向けて神楽を伝承したい」と決意をにじませた。
【鷲宮催馬楽神楽】 正式名称は「土師一流催馬楽神楽(はじいちりゅうさいばらかぐら)」。平安時代の歌謡の催馬楽を取り入れ、舞踏的な要素が強いのが特徴。主に古事記と日本書紀の神話を題材とした演目で構成され、出雲流神楽に分類される。1976年、国の重要無形民俗文化財に指定。昨年11月にユネスコの無形文化遺産登録に提案する「神楽」の一つに選ばれた。











