埼玉新聞

 

天国の歌声を全国にリリース JR熊谷駅でアーティスト事故死…未完成の遺作音源、音楽仲間らがCD化

  • 2018年10月、熊谷市内で開かれた音楽イベントで歌う井田祐也さん(モルタルレコード提供)

  • 山崎育宏さん(左)、榎本聖貴さんら井田さんの音楽仲間が遺志を継ぎ、全国リリースされる「topaz」の新曲CD「これから/光の中で」

 2月14日、熊谷市のJR熊谷駅のホーム下で、3日前から行方不明になっていた男性が変わり果てた姿で発見された。深谷市を中心に活動していたシンガーソングライター「topaz(トパーズ)」こと井田祐也さん(33)=さいたま市浦和区。2曲の新曲「これから/光の中で」の完成を目前に控えた中で起きた不慮の事故だった。「井田祐也の歌声を、topazの音楽をたくさんの人に届けたい」。井田さんが亡くなる直前まで夢を語り合った音楽仲間らが集まり、遺作の音源をCD化。今月22日、生前の目標だった全国リリースを果たす。

■再会かなわず

 井田さんは深谷市出身。地元で団体職員として働く傍ら、音楽活動を続けていた。2013年に前身のバンドが解散し、ソロアーティスト「topaz」として再出発。関東近郊で年間50~60のライブをこなし、この3年間は「ライブハウスのない深谷市に音楽を鳴らしたい」と、JR深谷駅ギャラリーで年2回の定期イベントを開催していた。

 行方不明になる前日の10日は、熊谷駅前のレコード店「モルタルレコード」でイベントを観覧後、打ち上げに参加。店名と同じ音楽レーベルも運営している店主の山崎育宏さん(46)、プロデュースとレコーディングを手掛けた音楽ユニット「フエニカ」の榎本聖貴さん(38)=本庄市=ら親しい音楽仲間と新曲の先行販売を兼ねたイベントの打ち合わせをしていた。収録は既に終え、後は仕上げ作業を残すのみ。「じゃあ、18日に」。それが最後に交わした言葉となった。

 井田さんは翌11日午前4時ごろに店を出て、1人で歩いて駅に向かった。その後、ホームから転落し、通過した貨物列車にはねられたとみられる。帰宅する方角とは反対の下り方面だったこともあり、遺体発見まで時間がかかったという。

 その間、山崎さんと榎本さんは家族や音楽仲間と協力して会員制交流サイト(SNS)で井田さんの情報を募り、立ち寄りそうな場所も捜索した。だが、望んだ形での再会はかなわなかった。

■羽ばたく転機

 井田さんの死後、遺品のパソコンから新曲の宣材写真などが見つかった。新曲はインターネット配信される予定だったが、「いつかCDを全国リリースしたい」という井田さんの言葉を山崎さんは覚えていた。未完成だった音源は榎本さんが最終調整し、CDにして家族に手渡した。約束の「2月18日」は井田さんの葬儀が営まれ、大勢の音楽仲間が参列した。

 「一言で言えば、好青年。先輩にかわいがられ、後輩からは慕われる存在だった」。10年来の付き合いのある山崎さんは井田さんの人柄をこう評する。榎本さんは井田さんがレコーディングの出来に満足する余り、ギターを忘れて帰った逸話を挙げ、「意外とおっちょこちょい」な一面を懐かしそうに語る。

 一方、紡ぎ出す歌詞には内面の葛藤が色濃く反映されていた。井田さんはtopazの始動に合わせて定職を辞めて転居し、夜間救急病院の受付でアルバイトを始めた。好きな音楽を続けたい。そのためには生活を犠牲にしなければならないのか。家族や友人、恋人は…。

 新曲にはそうした苦悩ではなく、前向きな言葉があふれていた。過去を背負い、現在を見つめ、未来へ向かう。一人のアーティストの強い決意が、悲しみに暮れる音楽仲間を突き動かした。山崎さんと榎本さんは「topazが羽ばたく転機になるはずの曲だった」と惜しみ、天国にも響いているであろう伸びやかで透明感あふれる「魅せる歌声」を全国の人に聴いてほしいと願う。

 CDは税抜き1200円。問い合わせは、先行販売しているモルタルレコード(電話048・526・6869)へ。

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