日本の“おたく文化”を語り尽くす…“おたく第一世代”元KADOKAWA副社長・井上伸一郎さん、「メディアミックスの悪魔」を出版 誰も書かなかった裏側を記録、次世代へと手渡す回顧録に
「アニメと漫画に人生を賭けた」―。半世紀にわたり日本の“おたく文化”をけん引してきた、元KADOKAWA副社長で作家・プロデューサーの井上伸一郎さん(66)が「メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史」(星海社刊)を出版した。「月刊ニュータイプ」で編集長を務め、「マンガ・ラノベ図書館」(所沢市)開設にも尽力。推進を続けたメディアミックスへの思いとともに、これまでの歩みを語り尽くした回顧録となっている。
■テレビアニメとともに
「『鉄腕アトム』が見たい一心で、親にテレビをねだったのは4歳のとき」。井上さんは「自分の成長と、テレビアニメ文化の成熟が完全に同期していた。運命を感じますね」と話す。「ウルトラマン」「仮面ライダー」に夢中だった少年期を経て「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」と出合う。「趣味の枠を超え、のめり込みましたよ」。大学時代にアニメ雑誌の編集部でアルバイトを開始、編集者への道を歩み出した。
■表現規制はね返す
20代半ばでザテレビジョン(現KADOKAWA)へ移り、今年40周年を迎えたアニメ専門誌「月刊ニュータイプ」の創刊スタッフから編集長に。「新世紀エヴァンゲリオン」では社会現象を巻き起こすなど、漫画・アニメの魅力を現場から押し上げた。
「チャレンジを続けられたのは、人との出会いに恵まれたから」と、柔らかな物腰で語る。しかし、本書プロローグで描かれるのは角川書店(同)社長時の「東京国際アニメフェア2011」ボイコット事件。漫画の表現規制を巡り、実行委員長の都知事(当時)に対抗、「石原慎太郎に喧嘩(けんか)を売った男」と呼ばれた舞台裏が明かされる。「正々堂々とあらがうことが、かつては弱く小さかった文化の過去、現在、そして未来の護(まも)りにつながると思った」
■ジャンルの壁越えて
その精神は、地域の文化事業にも生かされた。「ところざわサクラタウン」角川武蔵野ミュージアム内の「マンガ・ラノベ図書館」(21年開館)は蔵書約4万冊を誇る。1980年代に「ガンダムシリーズ」の小説を文庫化、ライトノベル専門レーベルを立ち上げた井上さん。同館ディレクターに就き「全ての人が、求める作品と出合える空間」を目指した。ジャンルの壁を越え、ファンをつなぐメディアミックスの手法から生まれたラノベは、過去の名作を源流に持つ話題作も少なくない。「休刊になったレーベルもあり、いま集めないと二度と読めなくなる」。危機感を抱き、数々の出版社へ自ら足を運んだ。「無事、コンプリートしました」と、満足げにほほ笑む。
■次世代へ手渡す“歴史”
2024年にKADOKAWAを離れ、小説の執筆や文化研究などに軸足を移した。「コンテンツ産業史アーカイブ研究センター」副所長として、先人らの取材を続ける。「漫画やアニメへの偏見から、過去には手塚治虫さんの作品も『悪書』扱いされた。これは大切なライフワーク。誰も書かなかった裏側を記録し、次世代へと手渡したい」
特別な力を得られるとしたら、何の悪魔を選ぶだろう―。その答えを題名に付けた。「これからも懐にある『表現の自由』という刀は磨いておきたい。なんといっても“おたく第一世代”ですから」
【井上伸一郎(いのうえ・しんいちろう)】1959年、東京生まれ。早稲田大学中退。2007年角川書店社長、19年KADOKAWA副社長。現在は合同会社ENJYU代表社員、ZEN大学客員教授を務めながら小説投稿サイト「カクヨム」でウェブ小説を連載中。










