2021年12月17日(金)

驚きのポテンシャルを秘めた埼玉、東京に従属しない未来とは パラレルワールドのような所沢と川越

藤村龍至さん

 誕生から150年を迎える埼玉県。関東平野と秩父山地を擁する県土では、県民が長い時間をかけて文化や産業を培ってきた。そんな埼玉の魅力は何か、未来へのテーマはどこにあるのか。埼玉に育まれるとともに埼玉を育ててきた人たちに語ってもらう。

■街の個性取り戻す時 芸術や歴史、潜在性見直し/東京芸大准教授・藤村龍至さん

 埼玉でまちづくりやニュータウンの空き家の問題に取り組んできました。高齢化するニュータウンでは住民が「昔は良かった」と自虐的になりがちです。ここに住みたいという若いカップルも出てきているんですが、そういう情報は高齢の世代の耳に入りにくいんです。

 所沢市の椿峰ニュータウンの公園でマーケットを行った時のこと。集まった若者の多さに住民たちが驚き、前向きな雰囲気になりました。動きの切っ掛けをつくるような支援が、まちづくりには必要。セルフイメージを持てるような仕掛け―例えば住民がもっと公共空間を使って分かりやすく変化を視覚化できるようになればいいと思います。

 その椿峰で私は育ちました。引っ越してきたのは幼稚園の頃。椿峰は開発の初期で、まだだいぶ山がありました。開発された団地と真新しい公園、真新しい区画があり、ある日家が建つ。幼少期は椿峰の開発のプロセスと一緒にありました。

 ベッドタウンといわれる埼玉ですが、隠れた芸術性のようなものが特徴にあります。最近では「アカイファクトリー」(飯能市のシェアアトリエ)や「あ〜ときがわ」(ときがわ町で開かれてきた芸術の集い)などの動きが面白い。いずれも平野と山が切り替わる辺り。制作場所を確保でき、子育て環境と両立できる土地が多いのだと思います。

 2000年代には全国で、商店街の再興の議論が花開きました。埼玉では、例えば川越市と隣接の所沢市。両市が取った政策はパラレルワールドのようです。川越の一番街は歴史的景観を復活させた一方で観光地化し、オーバーツーリズム(観光客の大幅な増加)も生みました。一方の所沢の銀座通りはタワーマンションに置き換え定住人口を獲得しましたが、アイデンティティー(個性)を失いました。

 都市にはその時代ごとの選択があります。それを否定するのではなく、先人の見識として受け継いだ上で未来を考えなければなりません。所沢は飛行場ができるなどした明治時代に輝いた街。川越が小江戸なら、所沢は明治近代との接続を考えるのも良いのではないか。街ごとにテーマを定め個性を取り戻していけば、もっと方向性が見えてくるはずです。

 未来の埼玉は「東京に従属する郊外」ではなく、おそらくは自立・分散・協調する都市群に変わっていくでしょう。そこで埼玉が、どんな都市文化を描けるのかが今後のテーマになります。アートが盛ん、災害が少ない、川が多い。そういう埼玉のポテンシャル(潜在性)を見直し、主体化していくことになるのだと思います。

■ふじむら・りゅうじ

 東京都生まれ。建築家、東京芸大准教授。1982年に所沢市に移転し2000年まで過ごす。県立川越高―東工大卒、同大院博士課程単位取得退学。アーバンデザインセンター大宮副センター長、鳩山町コミュニティ・マルシェ総合ディレクター、所沢市景観審議会会長など、埼玉県内を中心にまちづくりに携わる。現在は東京都在住。44歳。

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