2020年2月20日(木)

悲願!日本初の人形専門・公立博物館「岩槻人形博物館」、22日に開館 文化発信に期待 カフェなど併設

公家や武家のしきたり「有職(ゆうそく)」に忠実に従って作られた「有職雛(ひな)」をはじめ、貴重な資料の数々を所蔵、展示する岩槻人形博物館=さいたま市岩槻区

 日本初の人形専門の公立博物館となる「岩槻人形博物館」と産業、観光の拠点「にぎわい交流館いわつき」が22日、同市岩槻区本町の旧岩槻区役所跡地に開館する。古くから人形のまちとして知られる岩槻の新たな名所、人形文化の発信拠点として、期待が寄せられている。

■日光御成道の宿場

 岩槻人形博物館は埼玉の人形作り、コレクション、企画などを行う三つの展示室のほか、講座も開催できる会議室、カフェ、ミュージアムショップも併設される。収蔵資料は日本画家で人形玩具研究家として知られる西沢笛畝(にしざわ・てきほ=1889〜1965年)が収集したコレクション約3500点を中心に、人形に関わる浮世絵や古典籍、人形製作道具など約5千点にも及ぶ。

 岩槻はかつて、歴代将軍が徳川家康が祭られた日光東照宮を社参する際に通った「日光御成道」の宿場町だった。同館の庭に江戸・日本橋に使われる「稲田石」と日光東照宮大鳥居に使われる「可也石」がそろって配されたのは、岩槻がたどった土地の記憶を今に伝えるためという。

■60年以上前の構想

 人形博物館開館は地元人形関係者の悲願だった。岩槻人形協同組合の元理事長で「東玉」会長の戸塚隆さん(79)は「紆余(うよ)曲折あったが、最高の立地に最高の施設ができた。岩槻の文化度を高め、地域活性化につながることを皆が望んでいる」と感慨深げに話す。同組合発行の「百年誌 岩槻の人形」によると、1953(昭和28)年9月には「人形会館建設委員会」が組織されており、今から60年以上前に組合として「会館」建設の構想があったことが分かる。

■開館へ遠い道のり

 旧岩槻市時代に持ち上がった構想はその後、資金難などを理由に白紙となった。さいたま市となった後の2008年には市が基本構想・計画を策定。10年5月、岩槻城址公園隣に土地を取得し、計画を進めてきたが、11年12月の市議会で市民への説明不足などを理由に着工延期を表明した。

 その後、12年1月、岩槻区役所が駅東口再開発ビルに移転し、13年2月発足の「旧岩槻区役所敷地利用計画検討委員会」から旧区役所(市役所)跡地で会館機能を収容する方向性が示された。市は15年9月市議会で、当初の計画地から移転した現在の場所で整備することを正式に表明した。

■至極の人形を岩槻で

 1月21、22日には関係者向け内覧会を実施。制作から時を経た今も、卓越した技術が込められていることが一目で分かる人形たちが、参加者を魅了した。市岩槻人形博物館開設準備室の川田泰則室長(53)は「至極の人形が勢ぞろいした日本でトップの施設で、さいたま・岩槻に根付いた日本の人形文化を体感してほしい」と力を込める。

 隣接するにぎわい交流館いわつきには交流・休憩ルーム、地元産ヨーロッパ野菜などを使ったメニューが楽しめるカフェやショップなどがオープンする。

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