2020年2月2日(日)

国宝にそっくり 鴻巣小谷の日枝神社、本殿に聖天堂と同様の彫刻 竜や七福神、共通するモチーフも

覆い屋の中で眠っていた社殿と、総代長の佃三郎さん(右)と総代の吉田豊さん=鴻巣市小谷の日枝神社
本殿のすごろく遊びの彫刻。同じモチーフの彫刻は妻沼聖天山の奥殿にもある

 鴻巣市小谷(こや)の日枝(ひえ)神社の覆い屋の中に、国宝の妻沼聖天山(熊谷市)の聖天堂にそっくりな本殿が眠っている。本殿を保護する覆い屋は長年"開かずの間"になっていたが、昨年氏子が掃除した際、本殿に聖天堂と同様の彫刻が四方に施されているのを見つけた。研究者は、聖天堂の建築に携わった大工や彫刻師との関わりを指摘している。

 日枝神社はこの地域の鎮守で、江戸時代後期の文献にもその名が記されている。これまで総代ら一部の氏子は拝殿まで入ることができたが、その奥にある覆い屋は建具などが保管されて足の踏み場がなく、誰も立ち入ることができなかった。拝殿から、覆い屋の中にある本殿の正面をのぞくだけだった。

 昨年5月に神社の総代が交代し、8月に総代長の佃三郎さん(71)や総代の吉田豊さん(71)らが、宮司の立ち合いで覆い屋の中を片付けた。すると、彩色が施された彫刻で本殿の四方が飾られていることが分かった。

 正面に竜、側面や背面に布袋や大黒、七福神などの彫刻。すごろく遊びの彫刻は妻沼の聖天堂とモチーフが共通している。氏子の依頼で現地を訪れた、ものつくり大学技能工芸学部建設学科の横山晋一教授は「屋根の形式も聖天堂の奥殿と同じ」と指摘する。

 横山教授によると、聖天堂の奥殿が完成するのは1779年だが、資金不足で工事が11年間も中断した時期があった。その間、大工や彫刻師は食いぶちをつなぐため、周辺地域の寺社建築に関わったという。日枝神社の本殿についても「(聖天堂を)小さくして、ややこしくした建物。聖天堂の造営に携わった大工や彫物師が関わったのでは」と考察する。

 保存状態は比較的良いが、彩色の剥落や、正面の扉など一部壊れている所も。地元では修復して多くの人に見てもらうことを希望しているが、多額の費用がかかるため、「氏子292軒ではお話にならない」と吉田さん。昨年12月には保存を求めて、市に要望書も提出した。

 また、本殿の写真を撮って地域の全世帯に回覧。横山教授らを招いて、氏子を対象に説明会も開いた。お宮の「再生の会」をつくり、修復費用の募金も行っている。正月に本殿をライトで照らし、格子越しに見えるようにしたところ、三が日だけで例年の1年分のさい銭が集まったという。

 門前で父の代から酒店を営む吉田さんは、神社への思いがひときわ強い。「この時代に総代になったことに使命感を感じる。(本殿を守ることが)達成できるように力を120パーセント振り絞りたい」と話している。

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