埼玉新聞

 

悲しみ、忘れぬ…下着2万枚超、無料で配った日から10年 下着会社「島崎」、震災への決意 #あれから私は

  • 「私たちにできることは被災地を忘れないこと。フリープはそれを助ける使命を背負った商品」と話す嶋崎博之社長=秩父市の島崎本社

  • 震災直後、縫製工場近くのコンビニエンスストアは津波で流されてきたがれきに埋もれた=2011年3月、岩手県陸前高田市竹駒町(島崎提供)

 肌が敏感な人向けの下着ブランド「フリープ」に、東日本震災から10年になる今年、一枚の手紙が同封された。津波の被害を免れ、操業を継続できた感謝と、喜ばれる下着を作り続けていく決意がつづられている。婦人下着製造・販売の島崎(埼玉県秩父市)が2007年から販売する同商品は、岩手県陸前高田市にある同社子会社の技術者たちの手で縫製されている。

 同市は震災で壊滅的な被害を受けた。15メートル級の津波が街を襲い、市内の半数にあたる約4千世帯が被災。高台の縫製工場は津波の被害を免れ、当時56人いた社員は全員無事だったが、12人が家族を亡くし、17人が家を失った。避難所となった工場では、駐車場の桜の木を切って暖をとり、菓子の空缶でもらった卵を焼いて空腹をしのいだ。工場からは納品予定の下着約2万3千枚を避難所に無料で配った。

 避難所で過ごすより早く仕事がしたいという社員の声を聞き、1カ月後には操業を再開。実は、本社の嶋崎博之社長(47)は01年の本社工場に続き、陸前高田の工場も閉鎖するつもりでいた。「津波で多くの事業所が流されたのに、被災を免れた工場を閉めるとは口が裂けても言えなかった」と吐露する。「仕事を続け、雇用を守ることが社員、そしてこの町のためになる」と工場の存続を決意。仕事があり、居場所があることの安堵(あんど)が社員たちの支えとなった。

 震災直後は被災地で作られる製品として人々の琴線に触れたが、次第に記憶は遠のいた。社員の言葉も嶋崎社長の心に突き刺さった。「どれほど時間が経っても、家族を失った悲しみは忘れられない」

 「フリープを通じて被災地の存在や思いを発信し続けることに意味がある」。ことあるごとに被災地で作られた商品であることを口にし、工場に人々の関心が向くよう心を砕いた。商品に手紙を同封したのもそうした思いからだ。

 陸前高田の地で、技術者たちが「心を込めて作れば着る人に通じる」との思いで一枚一枚縫製する製品は、この地を忘れないでという願いを乗せて全国に届けられている。

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