埼玉新聞

 

座ったまま白骨化、山積みのがれき…原爆の記憶、消える時代懸念 被爆体験語る男性、あの日の光景を記録に

  • 高近峰敏さん(本人提供)

  • 高近さんが自身の経験をまとめた原稿

 県内の小中学校などで長崎市での被爆体験を語るさいたま市中央区の高近峰敏さん(87)が、戦時下の学校生活や故郷の惨状など、あの日見た光景を記録にまとめた。「決して風化させてはいけない。生きている限り、語り部を続けたい」。実相を語る責務を果たそうとしている。

 「原爆や放射線の危険の認識などない少年だった」。高近さんが被爆したのは12歳の頃。おばの遺骨を探すため、原爆投下から数日後の長崎市に入り被爆した。山積みになったがれきや電車の座席に座ったまま白骨化した遺体―。想像を絶する光景に言葉を失いながらも、幼い頃の記憶を頼りに家の焼け跡にたどり着き、おばの遺骨を掘り出した。乾燥した砂ぼこりや夢中で掘った土の感触は今も強く残っている。

 高近さんは昨年、広島市立基町高校の学生が描いた「原爆の絵」の展示会をさいたま市内で開催。小中学校での講演会なども行ってきたが、今年は新型コロナウイルスの影響で語り部の活動ができていない。

 「対面で伝えることはできなくても、記録として残しておかなければならない」と筆を執り、自身の経験をまとめた。今後は語り部をする際にも使用していくという。

 「75年という月日に感じるのは『風化』」と話す高近さん。被爆者の高齢化や戦争を知らない世代も多くなり、原爆の記憶が「風化し消え去る時代」が来ることに懸念を感じずにはいられない。

 「平和な日本でありたい。核戦争による犠牲は再び繰り返してはならない」。原稿の最後には平和への強い思いを書き記した。

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