埼玉新聞

 

「国宝」に相当 県内で初、埼玉古墳群が特別史跡へ 県、さきたま史跡の博物館で無料ガイドツアー実施

  • 上空から見た埼玉古墳群=2018年3月(県教育局提供)

 国の文化審議会(会長・佐藤信氏)は15日、行田市の埼玉(さきたま)古墳群を特別史跡に指定するよう萩生田光一文部科学大臣に答申した。特別史跡は特に学術上の価値が高く、有形文化財の「国宝」に相当するもので、県内での指定は初めて。官報告示を経て、来年の2月以降に登録される見通しで、古墳群の特別史跡指定は西都原古墳群(宮崎県)と岩橋千塚古墳群(和歌山県)が登録された1952年以来、67年ぶり3例目となる。

 埼玉古墳群は古墳時代の5~7世紀に造られた古墳群で、国宝「金錯銘鉄剣」などが出土した稲荷山古墳など前方後円墳8基と、国内最大級の円墳で直径105メートルの丸墓山古墳の大型古墳計9基を有する。県教育局文化資源課によると、8基の前方後円墳は墳土の周囲を長方形の堀が二重に囲んでいる点など、国内の他の古墳群には見られない特徴がある。

 前方後円墳は当時の地元有力豪族と中央政権のヤマト政権との連合関係を示している。その中で巨大な円墳の丸墓山古墳が造られたのは、豪族とヤマト政権の関係に変化があったことを意味している可能性があるという。同課は「今回の指定を機に、有力豪族と国内政権の関係や、東アジアにおける位置付けについて研究が進むのではないか」としている。

 古墳群は食糧増産の必要があった戦時中、沼地を埋め立てて農地を造成するため一部が破壊された。これを懸念した埼玉村(現・行田市)住民らによる保存運動などを受け、国は1938年に史跡に指定。県は70年ごろから古墳周辺の土地を含めた古墳群の公有地化を進め、2000~07年に修復工事を行った。特別史跡登録に向けては14年から総括報告書や古墳群の保存活用計画の策定などを進めてきた。

 一方で、県は古墳群の世界遺産登録を目指していたが、08年に文化庁の審議の結果、主題の再整理やさらなる比較研究などが必要と評価され、登録には至らなかった。

 県は特別史跡指定に関連して、県立さきたま史跡の博物館で16、17、23、24、30日のいずれも午後1時~同4時、同館学芸員による無料の古墳群ガイドツアーを実施する。管内ではこれまでの調査を紹介する写真パネル展示を行う。

 今回、春日部市にある縄文時代後期に造られた神明貝塚と、和光市にある弥生時代後期に造られた午王山(ごぼうやま)遺跡が新たに史跡に指定される見込み。県内で弥生時代の史跡が国指定されるのは初めて。

 東松山市の旧埼玉県立松山中学校校舎(県立松山高等学校記念館)や宮代町の百間小学校すべり台など5件については、登録有形文化財への登録を答申した。

■高い評価うれしい/大野元裕知事の話

 本県が誇る埼玉古墳群が、わが国を代表する文化財として、高く評価されたことを大変うれしく思う。併せて、神明貝塚、午王山遺跡、旧埼玉県立松山中学校校舎など、8件の文化財についてもその重要性を評価いただいた。これを契機に、多くの方々が埼玉県の歴史と文化に一層の関心を持っていただくことを期待している。

■文化審議会が答申した県内の対象は次の通り。

【特別史跡】埼玉古墳群(行田市)

【史跡】神明貝塚(春日部市)▽午王山遺跡(和光市)▽幡羅官衙遺跡群(深谷・熊谷市※追加指定)

【登録有形文化財】旧県立松山中学校校舎(=県立松山高等学校記念館、東松山市)▽島村老茶舗店舗兼主屋(桶川市)▽星野家住宅主屋および袖蔵(越生町)▽世界無名戦士之墓(同)▽百間小学校すべり台(宮代町)

ツイート シェア シェア