難病を抱えて椎茸栽培60年 秩父・大滝唯一の農家 「もう少し続けたい」
秩父市大滝地区に住む千島信行さん(77)は、過疎・高齢化が進む大滝唯一の農家。難病を抱えながら60年余り、椎茸(しいたけ)栽培を続けてきた。自然に合わせた原木栽培は、手間がかかり力仕事も多く大変だが、数年前に駒植えした原木が残っているため、「もう少し続けたい」と意欲を見せる。
■進む過疎化
同地区は旧大滝村。2005年に秩父、吉田、荒川の4市町村が合併して「新秩父市」が誕生。大滝は県土の11分の1を占めるが、約97%は山林だ。ピーク時には人口が8千人を超えていた。過疎・高齢化が進み、空き家が増えた。合併当時の人口は約1370人、現在は461人。合併後は幼稚園や小中学校、観光の中心だった「三峰ロープウェイ」などもなくなった。
椎茸栽培は1958年、父富衛さんが始めた。当時は周囲の山にコナラの木がたくさんあった。当初、栽培農家は十数人だったが最盛期には50人を超えた。椎茸の抑制栽培を行い、4月から5月末にかけて東京の市場に出荷。「秩父しいたけ」として人気を集めた。千島さんは中学校を卒業後、「父から農業を勉強してこい」と言われ、鶴ケ島にあった県立農業大学校に入り農業全般について学び、卒業後に家業を継いだ。
3年後、周年栽培に取り組み、生産・出荷量も大幅に増やしたという。75年には干し椎茸を生産するようになり、国道140号沿いに奥秩父きのこセンター「富秀園」を始めた。その後、地元の山にコナラの木がなくなったり高齢化などで、きのこの栽培農家もだんだんと減っていき、今では千島さんだけとなった。
■福祉会解散
20歳の頃、難病指定のリウマチを発症。「全身が痛くて3回、仕事は『もう駄目かな』と思ったことがある」と振り返る。52歳の時に初めて身体障害者手帳の申請をした。それまで「仕事もしていたし、いいかな」と思っていた。
村議・市議を1期務め、大滝身体障害者福祉会の4代目会長に就任、今年5月に解散するまで23年間務めた。同福祉会の初代会長は磯田正則さん(元村長・衆議院議員)で52年に結成の県身体障害者福祉会連合会の初代会長も務めた。以前は30人ほどの会員がいたが今年は9人。70年以上も福祉の向上に務めてきたが、「会員の高齢化、人口減少などで活動ができなくなった。不本意だがやむを得ない」と福祉会の解散を決断した。
実は4年前の健康診断で肝臓がんが見つかった。千島さんは「大変なこともあったが頑張ってこられたのも妻(久美子さん)の協力のおかげ」と感謝する。
千島さんは今、「好きな農業で生活できて良かった。でも時代の流れもあるけれど、合併しなければ(大滝の)こんな急激な過疎・高齢化は進まなかった」と思う。地元の区長も兼ねるが、いろいろな行事もできなくなっている。それでも、椎茸栽培は「まだ原木が残っているので数年はやりたい」。秋の妙見様のお祭りには代々受け継がれてきたのぼり旗を「何とか立てたいね」と結んだ。











