ひめゆり学徒隊を学ぶ 元学徒の長男、亡き母の体験を語る 生徒「戦争の悲惨さ、悲しさ、重さを受け止めたい」 浦和西高と大原中が平和学習
さいたま市立大原中学校(加藤英教校長)と県立浦和西高校(青木香校長)による合同の「平和学習講演会」が、同中学校体育館で行われた。中学3年生と高校2年生の生徒約380人が太平洋戦争末期の沖縄戦と「ひめゆり学徒隊」について、元学徒隊員の語り部が話す映像や遺族の生の話に耳を傾けた。生徒たちは「戦争の悲惨さ、悲しさ、重さを受け止めたい」「平和の尊さや命の大切さを改めて考えさせられた」と素直な感想を話した。
両校は近隣にあり、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)でも協力関係を結んでいる。浦和西高は9月に沖縄への修学旅行を予定していることから、事前学習も兼ねて今回の平和学習講演会を大原中学校に呼びかけ、両校の生徒たちが同年代の「ひめゆり学徒隊」について学ぶ機会を実現した。
テーマは「そうぞう つなぐ へいわ 戦争体験を語り継ぐ」。講師を務めたのは、沖縄戦で奇跡的に生き残った元ひめゆり学徒隊員の与那覇百子さん(享年96)の長男満さん(72)。与那覇百子さんは沖縄師範学校に在学中の17歳で、学徒隊に動員され、負傷兵の看護に従事した。戦後は教員になり、2004年沖縄県に戻るまで桶川市に在住。1960年代後半から関東地方を中心に語り部として戦争体験を講演。2005年からは、ひめゆり平和祈念資料館(糸満市)の証言員として活動した。
生徒たちは、生前に百子さんが語った証言映像を視聴。伝令を隣の壕(ごう)に届けている間に一緒に過ごしてきた上地貞子さん(享年18)が爆死した日のことが語られた。「貞子さん、貞子さんって大きな声で呼んだの。でも全然声がない。壁にね、バシッとたたきつけられるようにして、貞子さんがね、くっついちゃってるんですよ。胴体と頭が離れて顔はもう全然分かんなくなっちゃって。頭からはね、脳みそがタラタラって出て。(中略)私はもう、ただただ大泣きして、本当に怖いと思いました」
満さんは、百子さんから聞いてきた過酷な体験を語る。「もっと大きい壕に移ったら、ひどい患者がいっぱいで毎日亡くなる。戦場から、負傷した兵隊さんが連れて来られる。でも医者も看護師も週に1回来るか来ないか。女学生さんたちは、亡くなった兵隊さんを布でくるんで土をかぶせた。最初は両手を合わせて拝んだけれど、最後の方はまるで物を捨てるような感じだったそうです」
その後、会いに来た骨と皮になった父との永遠の別れや米軍に追われ南部へ移動することになった時、けがをして動けない仲間を置いて行かなければならなかったこと、解散命令が出て「生きて辱めを受けてはならない」と死を覚悟し、兵隊さんに救われた話などが語られた。
大原中3年の生徒会長内山直己さん(14)は「戦争が一人一人に与える影響を理解できた。死ぬのもつらい。生きるのもつらい。残酷だと思った。体験した人の言葉をしっかり聞いていきたい」と真剣な表情で話した。浦和西高の西嶋丈さん(16)は「死んだ人を穴に放り込まなきゃならない戦争の厳しさ。捕まる前に自害しろと言われる戦争の重さ。二度と繰り返してはならないと思った。風化させてはいけない伝えるべきこと」と思いを自らの言葉に乗せた。











