【連載】さいたま市の英語教育 日本人の英会話講師が支援 「現場の先生の関わりがカギ」
小中一貫のカリキュラムが完成し、さいたま市独自の英会話授業が2007年度、全ての市立小中学校で始まった。全面実施に伴い、慣れない英語教育への対応を迫られた小学校教諭を支えたのが、教室へ共に入ることになった日本人英会話講師(JAT)たちだった。市は、海外経験があり英会話が堪能な市民を専門人材として積極的に登用した。
■ユニークな授業展開
「Three,two,one action!」。子どもらのかけ声で、JATと担任が身ぶり手ぶりをしながら、英語で会話を始める。担任は、野球選手のイチローに扮(ふん)する熱意の入れよう。児童は演技に引き込まれ、会話の内容を推測。自然に英語を発するようになった。
「自由度が高く、広い部屋で床に座っての授業。ほかの教科学習では輝けない子が、表情をキラキラさせる瞬間もあった」。JATとして当初から携わる市立中島小(桜区)のGS(グローバル・スタディ)科非常勤講師の上村裕子さん(52)は、当時を振り返る。
さいたま市は東京都心に近く、海外経験のある市民が多く在住。08年には、小中合わせて182人のJATがいた。「教員免許や学校で教えた経験がなくても、英語ができる多くの市民の力を借りた」と市教育委員会の利根川恵子さん。南区の宝淳子さん(65)は、元ニューヨーク駐在員の家族で、「子どもが通う小学校での英語絵本の読み聞かせボランティアがきっかけとなり、声がかかった」と回想する。
JATたちは担任やALT(外国語指導助手)と協力しながら教材を精力的に工夫。外国文化も取り入れたユニークな授業を展開していった。
■カギは現場の先生
「小学校でやってる英語なんてしょせん、遊びでしょ」。英語の活動が始まった当初、中学校の英語教諭からは冷ややかな反応もあったという。カリキュラム作成のワーキンググループに立ち上げから参加していた元教諭の朝比奈直美さん(67)は、「一切触れたくないという空気も、学校現場にはあった」と語る。
朝比奈さんは中学校の英語教諭を16年間務める中で、1年時にABCの練習から始めることに疑問を感じていた。「小学校の中学年ぐらいから教えることができたら、中学校ではもっと深く英語で物事を考え、表現できるのに」。途中から小学教諭に転身し、自身のクラスで英語教育を始めていた。
「現場の先生が積極的に関わってくれるかどうかが一番のカギだった。先生が楽しみながら子どもと一緒に英語を学ぶ姿勢が見せられたら、きっと成功すると思っていた」
■子どもの可能性実感
最初の頃、有償ボランティアだったJATは、16年のGSスタートに伴い、非常勤講師に移行。教科化で授業時数や使用単語数も増えたが、勉強会や自主研修会を開いてカリキュラムを読み解き、学校の実態に合わせた活動内容を組み立てていった。その後、専科教員が増え、非常勤講師は減っている。
「カリキュラムが改訂されるたびに『こんなに難しい言語活動ができるかな』と思っていたんですよ」。上村さんはこう明かし、子どもの可能性に驚きも示す。中島小5年の三上皐(さつき)さん(11)は、「自分の考えを表現できるようになり、ますます(GSが)好きになった。ALTの先生たちとも英語で話せて楽しい」と目を輝かせた。











