埼玉新聞

 

「漢字や英単語は、バラバラに見えた」 読み書き障害”ディスレクシア”乗り越え教壇へ さいたま出身の理科教諭 梶本さん

  • 梶本さん(左)による「風のミニ実験ショー」で宙に浮く即席麺。「科学の面白さを伝えたい」と毎回工夫を凝らした=2025年11月、川口市上青木の同市立科学館

    梶本さん(左)による「風のミニ実験ショー」で宙に浮く即席麺。「科学の面白さを伝えたい」と毎回工夫を凝らした=2025年11月、川口市上青木の同市立科学館

  • 梶本さんが描いた自らの目に映る漢字の「凜」。それぞれのへんが分かれ流れるように離れていく

    梶本さんが描いた自らの目に映る漢字の「凜」。それぞれのへんが分かれ流れるように離れていく

  • 梶本さん(左)による「風のミニ実験ショー」で宙に浮く即席麺。「科学の面白さを伝えたい」と毎回工夫を凝らした=2025年11月、川口市上青木の同市立科学館
  • 梶本さんが描いた自らの目に映る漢字の「凜」。それぞれのへんが分かれ流れるように離れていく

 「漢字や英単語は、まるで水に浮いた棒のよう。バラバラに見えた」―。読み書きに困難を抱える発達障害(LD)の一つ、「ディスレクシア」と向き合う梶本凜太朗さん(22)=さいたま市出身=は、小学生のときに少人数教育を自ら選択。困難を乗り越えながら学び、今春から離島の通信制高校で理科教諭としての新たな一歩を踏み出した。

■困難を抱え離島へ

 梶本さんは小学校の低学年から読み書きが苦手だった。意味は理解できても、正しく書けない。「文字の部首やつくりが離れて見え、形が崩れてしまう」。通学校に特別支援学級はなく、通級指導を受けるには別の小学校へ保護者による送迎が必要だった。同市外で教員を務めながら、ひとり親家庭で子どもを育てていた母の美岐さんには付き添いが難しい。親子は共に悩み続けた。

 転機となったのは、偶然目にした離島留学の紹介記事。少人数での教育環境に引かれ、小学校5年時に単身で沖縄・鳩間島へ。その後、高校卒業まで離島で学んだ。

■得意な分野で自信

 大人数の競争の中ではなく「自分の理解の速さや関心の強さに応じて学べる環境が、自分には合っていた」と、梶本さん。豊かな自然の中で留学仲間と生活、勉強を楽しんでいたが、6年生で「書字障害(ディスレクシア)」と正式に診断を受けた。「自分はほかの人たちとは違う。普通じゃないんだ」とショックで、声を上げて泣いたという。以来、「障害があることを『恥ずかしい』と感じて、隠し続けた」。

 だが、高校で変化が生まれる。勉強が苦手なクラスメートらに説明すると「梶本に聞くと分かりやすい」「教え方がうまい」と評判に。「『自分でも人の役に立てる』と、初めて自信が持てた」。生徒会長にも選ばれ、「この障害を『“個性”として生かすんだ』。心から、そう思えるようになった」と明かす。

■経験生かし教師に

 理科が得意だった梶本さんは、LDに配慮のある総合型選抜(旧AO入試)で「帝京科学大学」(東京都足立区)へ。授業にはタブレットやスマートフォンを駆使し、友人らも交代でノートを貸すなど協力してくれた。

 大学時代のアルバイト先は「川口市立科学館」。「保育園時代から最高の遊び場だった」と頬を緩める。週末に行う子ども向けサイエンスショーなどを担当、分かりやすく丁寧な説明で人気を集めた。

 「みんなに理科の楽しさを」「同じように悩む子どもを支えたい」と選んだ進路は、母と同じ「教員」だった。これまで4年間、梶本さんの成長を見守った同館長の荒井真由美さんは「障害は本人から聞くまで、全く分からなかった。前向きで、周囲を明るく照らす青年。先生として、ぜひ輝いてほしい」とエールを送る。

 川口市内の小学校で教頭を務める母美岐さんは、「『できないこと』があっても『できること』で補う力と希望を身に付ければ、未来は切り開ける。息子を通して学びました。誇りに思いますね」。

 4月から「君のような経験を持つ教員が必要」と採用された離島の通信制高校で、理科の授業を担っている。「困難に向き合った経験があるから、つまずきに寄り添える。一人一人に合った伸び方を一緒に見つけ、生徒と共に成長していける教師になるため努力を重ねたい」と力を込めた。

【ディスレクシア】 学習障害(LD)の一つで知的な発達に遅れはないが、文字の読み書きなどに困難が生じる。学業不振や二次的な学校不適応につながることもあり、早期の理解と読み書き支援が求められる。

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