埼玉新聞

 

カブスとマイナー契約、三河吉平投手が母校・春日部共栄を訪問 「感謝してもしきれない」恩師への想い口に

  • カブスとマイナー契約を結んだ三河吉平投手(中央)と高校時代の恩師の本多利治前監督(右)、植竹幸一監督=7日、春日部共栄高校野球場

    カブスとマイナー契約を結んだ三河吉平投手(中央)と高校時代の恩師の本多利治前監督(右)、植竹幸一監督=7日、春日部共栄高校野球場

  • 春日部共栄高校の野球部員たちの前で話す三河吉平投手

    春日部共栄高校の野球部員たちの前で話す三河吉平投手

  • カブスとマイナー契約を結んだ三河吉平投手(中央)と高校時代の恩師の本多利治前監督(右)、植竹幸一監督=7日、春日部共栄高校野球場
  • 春日部共栄高校の野球部員たちの前で話す三河吉平投手

 1日までに米大リーグのカブスとマイナー契約を結んだ三河吉平投手(24)が7日、母校の春日部共栄高校を訪問し、本多利治前監督(68)や植竹幸一監督(57)、野球部員らにあいさつした。「(春日部共栄の)この環境のおかげで今がある。本多(前)監督、植竹先生には感謝してもしきれない」と母校への思いを語る。一度はプロ野球選手の道を諦め、一般企業に就職した過去から一転、最速155キロ超の剛速球を武器に、アメリカの地で再挑戦する。

 同校野球場のバックネット裏に三河が姿を見せると、本多氏は「びっくりしたよ」と笑顔で握手を交わした。三河は高校時代、思うようなプレーができずに悩むことが多く、当時の監督の本多氏によく相談していたという。

 高卒でのプロ志望が強く、強豪校を探している中で当時の部長だった植竹氏の熱心な勧誘もあり春日部共栄に入学した。高校1年で球速140キロ近くを出す有力選手だったが、その後は体の成長により投球のバランスを崩し制球難に苦しんだ。

 2年の冬には「投手をやめたい」とまで考えていたが、それを聞いた本多氏から「何があるか分からんから、もうちょっと頑張れ」と説得された。

 なかなか復調できない中、公式戦初先発となったのは高校3年の夏。コロナ禍で開催された代替大会の3回戦だった。井上朋也(現・横浜DeNAベイスターズ)を擁する強力打線の花咲徳栄を五回まで3安打に抑えたが、六回に4四球で降板し、チームは敗戦した。目立った活躍をすることができず、不完全燃焼のまま高校野球を終えた。

 進学した立大では4年間で3登板と成績を残せず、プロ入りは断念。中学3年から明確になったプロ野球選手という夢を諦めた瞬間だった。周りの学生と同じように一般企業に就職し、完全に野球とは離れた。

 しかし、夢を諦めきれず、昨年11月に大学時代に通っていたトレーニング施設で練習を再開。3月に会社を退職し、退路を断って野球に打ち込む中でメジャーからのオファーが届いた。

 これからカブスと正式契約を結んだ後、7月ごろに渡米する予定。「早くメジャーに上がれるのが一番いい」としつつも、「まずは最高のパフォーマンスを出して、チームに貢献したい」と、日本を飛び越え、アメリカで夢に向かって着実に進んでいく。

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