本能寺当日も決戦の構え 毛利氏側書状、密約なしか
2026/06/02/05:42
織田信長が討たれた本能寺の変(1582年)の当日、中国地方の大名毛利氏一門の武将吉川元春が記した書状が確認され、山口県岩国市の博物館「岩国徴古館」が2日発表した。羽柴(豊臣)秀吉軍から城の「水攻め」を受けた毛利軍の窮状を案じ、この期に及んでは「安否の一戦」(決戦)を行うほかはないとつづっている。











