太平洋戦争の戦地から消えた日章旗…米兵の家族が大切に保管し続けていた 80年近い歳月を経て埼玉・秩父の遺族に返還 「感謝の気持ちでいっぱい」と家族は涙
2026/05/30/14:28
秩父市遺族連合会(新井靖雄会長)は5月28日、同市役所で日章旗返還式を行い、太平洋戦争から復員した秩父市出身の西栄一郎さんの日章旗を遺族へ返した。孫の西嘉章さん(57)は「初めて現物を見て、感慨深い。(祖父が)改めて大変な時代に生きたということをひしひしと感じた」と実感を込めた。
嘉章さんによると、祖父の栄一郎さんはグアムに出兵。米軍と交戦となり、ジャングルに逃げたが捕まった。パラオ経由でハワイに向かい、捕虜になったという。戦後に復員し、37年前に81歳で他界したが、日章旗は所在が不明となっていた。
栄一郎さんの日章旗は、元米軍海兵隊のハワード・ベラーディンさんが持ち帰ったもので、甥(おい)のオーガストさんが米国の団体を通して返還を依頼。日本遺族会などを経て、昨年10月に同会に連絡が届いた。オーガストさんは、「この旗を無事にお返しできることは光栄」などとメッセージを寄せた。
日章旗の大きさは縦67センチ、横85センチ。「祈武運長久 西榮一郎君」と書かれ、日の丸を囲み、「力」の文字の下に、親類縁者や近所の住民の名前などが書かれている。秩父市出身で、運輸相なども務めた政治家、荒舩清十郎氏の名前も確認できる。墨のにじんだ跡や虎の絵もあり、丁寧に畳まれて保存された形跡が残されている。
式に出席できなかった嘉章さんの母智子さんは、手紙に思いを託し、嘉章さんが代読した。手紙には「義父は帰還してから家族のために働く人生で、多くを語る人ではなかった。(日章旗は)義父が確かに生き、大変な時代を生き抜いた証。家族一同大変感慨深く、感謝の気持ちでいっぱい」などとつづられていた。










