埼玉新聞

 

倍率は40倍以上…埼玉のプラチナキッズ、小4で認定 スピードスケート日本代表の金井選手 競技を始め1年余りで頭角、競技会でも話題に チーム埼玉の力で初のオリンピアン誕生 埼玉の「プラチナ」、ミラノ五輪へ

  • 金井選手(前列中央)の壮行会には約30人の関係者が出席。久々の再会もあり、金井選手は「パワーをもらった」と笑顔を見せた

    金井選手(前列中央)の壮行会には約30人の関係者が出席。久々の再会もあり、金井選手は「パワーをもらった」と笑顔を見せた=上尾市のスポーツ総合センター

  • プラチナキッズの修了生として初の五輪選手となった金井莉佳選手

    プラチナキッズの修了生として初の五輪選手となった金井莉佳選手=上尾市の埼玉アイスアリーナ

  • 金井選手(前列中央)の壮行会には約30人の関係者が出席。久々の再会もあり、金井選手は「パワーをもらった」と笑顔を見せた
  • プラチナキッズの修了生として初の五輪選手となった金井莉佳選手

 6日に開幕するミラノ・コルティナ冬季五輪に「チーム埼玉」の象徴ともいえる選手が挑む。スピードスケート・ショートトラック女子日本代表の金井莉佳選手(20)=鴻巣市出身、埼玉栄高出=は「プラチナキッズ」の修了生として初めて誕生した五輪選手。「プラチナキッズという存在を広めたい」という思いを胸に、イタリアの地で滑走する。

◆「人生変えた」

 金井選手は小学4年生の時に40倍以上の倍率を突破し、プラチナキッズに認定された。応募のきっかけはパンフレットに載っていた馬術を体験してみたかったから。3姉妹の末っ子で、陸上などに励む活発な少女だった。

 プラチナキッズ事業は、さまざまな競技の魅力を発信し、関心を呼び起こして競技者としての可能性拡大などが狙い。金井選手は小学5年生の時にスケートに関心を持つ。最初は壁伝いに練習を始めるのは皆一緒だが、「いざ靴を履いてみたら意外と滑れた」。その上達ぶりは関係者が驚くほど早かった。「いろいろなスポーツを体験する中でスケートと出合わせてもらい、人生を変えるきっかけになった」と当時を振り返る。

◆1年余りで頭角

 プラチナキッズでの体験を機にスケートクラブ上尾(SC上尾)の一員となった金井選手は、意識を醸成する機会にも恵まれた。2016年10月、長野県で行われたスピードスケートの全日本距離別選手権を観戦。小平奈緒や高木美帆らトップ選手の滑りにくぎ付けになった。

 母さおりさんによると、この出来事はスケートを始めたばかりの金井選手に大きな刺激を与えたという。小学校の卒業文集には「オリンピックに出て、メダルを取りたい」と書いた。SC上尾の代表として引率した猪狩信吾県スケート連盟副会長(82)は「スケートを覚えさせるのと意識を高めさせたかった」と語る。

 18年2月には北海道で行われた全日本ノービススピードスケート競技会に出場。小学6年生の部の女子500メートルで3位、1000メートルで4位となった。競技を本格的に始めてから1年余りで頭角を現した新星に、現地の人たちの間でも話題になった。

◆チーム埼玉の力

 埼玉栄高1年時に国民体育大会(現国民スポーツ大会)のショートトラック少年女子1000メートルで初優勝。3年時には500メートルと1000メートルの2冠を達成するなど世代を代表する選手に成長した。現在日大の2年生。今季は女子3000メートルリレーのメンバーとしてワールドツアーで2度の銅メダル獲得に貢献した。

 スケート競技では県出身者として初の女子五輪選手。新境地を開拓したのは本人の努力はもちろん、それを支えた指導者や施設の存在も大きい。金井選手が競技を始める2年前の14年に埼玉アイスアリーナ(上尾市)が完成。自宅から1時間もかからない距離に練習拠点があったことも競技にのめり込む一因となった。県スポーツ協会の久保正美専務理事(69)は「チーム埼玉の力でオリンピアンが誕生した」と捉える。

 五輪では女子500メートルに出場し、同3000メートルリレーと混合リレーのメンバーにエントリーされている。「ショートトラックは最後まで何が起こるか分からない。上の順位を目指したい」。伸び盛りの日本チーム最年少スケーターから目が離せない。

 ◇

 プラチナキッズ 2011年度から県と県スポーツ協会が取り組むアスリート発掘・育成事業。小学4年生を対象に、スポーツ能力に優れた子どもたちをプラチナキッズに認定する。同6年生までにさまざまなプログラムを通して、次世代の県スポーツ界を支える自立したアスリートの育成を目指す。2025年度までの認定者総数は507人。

ツイート シェア シェア