「沼プー」、アジア最大級の国際映画祭へ さいたまの沼影市民プール、最後の夏を記録した映画が完成 世界が注目…韓国・釜山の映画祭へ、正式出品決まる 全国公開は来年夏
都市開発によって50年超の歴史に幕を閉じた沼影市民プール(さいたま市南区)。最後の夏を記録した映画「沼影市民プール」が完成し、9月に韓国・釜山で開催されるアジア最大級の国際映画祭への正式出品が決まった。突然のプール閉鎖を告げられた利用者やスタッフの思いに迫った太田信吾監督(39)は「都市開発のもとで失われていく公共プールの記憶を共有しながら、公共空間の喪失に伴い求められる心のケアについて、皆さんと共に考える場になれば」と願う。
沼影市民プールは1971年に「海なき市にプールを」という市民の願いに応えて開業し、「沼プー」の愛称で多くの人に愛されてきた。ところが2020年12月、さいたま市の義務教育学校建設計画に伴い、閉鎖が決定した。
撮影のきっかけは、幼い頃からの遊び場がなくなることをさみしく感じた友人から「映画にしてほしい」と声がかかったこと。さいたま国際芸術祭の公募プログラムとして、屋外プール最後の営業となった23年夏から撮影を始め、閉鎖に対する利用者やスタッフの思いを記録。市が開催した住民説明会や解体工事の様子も撮影し、今年5月に完成した。
■失うことへの心のケア
劇場デビュー作「私たちに許された特別な時間の終わり」(13年)で、自ら命を絶った親友の死と向き合った太田監督。今回の撮影を通して強く感じたのは、「対人でなくても失うことへの受容のプロセスは必要」ということだった。
プール閉鎖に関する市の周知は十分でなく、撮影開始当初は多くの利用者から「プールがなくなるんですか」と聞かれた。住民説明会で怒号が飛ぶ様子も目にし、「受け止めきれない人がいっぱいいた。見ていてつらかった」と振り返る。太田監督らは「愛着がある人のために、何かできることはないか」とプール管理者と相談し、プールに向けた手紙を書くコーナーなどを用意した。
映画は、都市開発の裏で置き去りにされる地域住民の心のケアを浮き彫りにした。「長年住んでいる人にとって、街は体の一部のようなもの。開発する側の必要性だけでなく、愛着がある地域の方にどれだけ配慮しながらできるのかということが大切」と太田監督は訴える。
■映画の果たす役割
「『うそだろう』というのが第一声。自然と涙が出て止まらなかった」。映画にも登場する同プール元所長の会田孝志さん(48)は、閉鎖を告げられた時のことを今もはっきりと覚えている。23年間勤務したプールは、会田さんにとって「人生の全て」だった。
存続を願いながら、管理者として表立って反対することもできず、葛藤を抱えてきた。映画撮影について「初めは『何のために?』と懐疑的な思いもあった」と明かすが、完成した作品を見て、その思いは変わった。「プールの閉鎖に対する反対があったこと、多くの人の思いがあったことを残してもらえた。映像を見ていろんな思いが湧いてきた」
今はなきプールを記録として残すことができ、太田監督は「映画製作自体が心のケアという役割を少しは担えたのかなと感じている」と語る。
同作は、9月17~26日に韓国で開催される釜山国際映画祭のワイドアングル部門ドキュメンタリーショーケースへの正式出品が決定した。昨年は約14万人の観客を動員し、世界から注目を集める映画祭だ。太田監督らと共に会田さんもレッドカーペットを歩く予定という。全国公開は来年夏。










