2021年4月15日(木)

恐怖…高校生の車、事故で2人死亡 息子亡くした母、足が震え立てず 運転の18歳は「息子と初対面のはず」

高校生の車、事故で2人死亡 息子亡くした母や友人の思い

 鴻巣市で2019年12月、4人乗りの乗用車がガードレールに衝突し、同乗の2人が死亡した事故で、速度超過して走行しハンドル操作を誤ったとして、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた当時18歳の少年の初公判が14日、さいたま地裁(田尻克巳裁判官)で開かれた。少年は起訴内容を認め、免許を取得して約4カ月で「スピードを出すのが楽しくなって調子に乗ってしまった」と述べた。亡くなった深谷市の男子高生=当時(18)=の母親(44)は「事件と罪にしっかり向き合い、全てを話してほしい」と話した。

 起訴状などによると、少年は19年12月13日午後0時20分ごろ、鴻巣市郷地の県道で、制限速度を約78キロ超える約118キロで乗用車を走行。ハンドルやブレーキ操作を誤り、道路左側のガードレールに衝突した後、駐車場の油圧ショベルにぶつかり、後部座席に乗っていた本庄市の男子高生=当時(18)=と深谷市の男子高生=当時(18)=を死亡させた。少年と助手席に乗っていた友人は鼻骨骨折などのけがを負った。

 「息子は私の全てで、生きる意味だった。スピードを出すのが楽しくなったという理由だけで、愛する息子の生命が奪われた」。鴻巣市で高校生4人が死傷した事故で息子を亡くした母親(44)は埼玉新聞の取材に苦しい胸の内を明かした。

 好奇心旺盛で、思いやりがあり、運動が得意だった息子。小学4年からバスケットボールを始め、中学では県の支部選抜選手として活躍。高校では毎日、帰りのバスがなくなるまで居残り練習を続け、送迎や食事管理などで支えた母親に県大会ベスト16の功績をプレゼントした。

 母親は、勤務先で警察から連絡を受け、「足が震えて、立つこともできなくなってしまった」と当時を振り返る。「人違いであってほしい」と祈りながら搬送先の病院へ駆け付けたが、息子の顔は大きく腫れ上がり、「本当に息子なのか」と疑うほどだったという。

 医師には「緊急手術をしたが手の施しようがなく、命を取り留めても、もって3週間」と告げられた。眠り続けたままの息子のもとには、毎日のように高校、中学時代の多くの仲間が訪れた。息子は、みんなの願いに応えるかのように、3週間が経過しても自分の命をつなぎ続けた。

 「このままずっと頑張って、何年、何十年と生きてくれるに違いない」。母親の期待は膨らんだが、2020年1月3日に容体が急変。17日に脳死を宣告された。

 母親は家族と話し合い、「どこかの誰かの中で生きられるなら」と臓器提供を決めた。同19日に息子の体は七つに分けられ、どこかの誰かの命の一つとなった。

 「あの日、息子らは死を覚悟するほどの想像もつかない恐怖を味わった。運転していた少年は、どんな気持ちでアクセルを踏み続けたのか。少年と初対面のはずの息子は、どんな気持ちで車に乗ったのか。加害者は事件と罪にしっかり向き合い、全てを話してほしい」と話した。

 裁判所の前には息子の友人ら約30人が集まった。裁判を傍聴した中学の同級生(19)は「重大な事故を起こしたのだから、重い罪で償ってほしい」、高校の部活の友人(19)さんは「一緒に居残り練習した大切な仲間。命を奪ったことをしっかり反省してほしい」と語った。

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