埼玉新聞

 

閉店…新所沢パルコ、40年の歴史に幕 最終日に大勢の客、充実した店内「池袋に行かず済んだ」 歌手ら“さよならフェス”熱唱 市民ら見守る中、夜8時に最後の別れ 競争激化した駅周辺、跡地利用は

  • 40年余りの歴史に幕を下ろした新所沢パルコ。スマートフォンで建物を撮影する人の姿が多く見られた=29日午後、所沢市緑町1丁目

    40年余りの歴史に幕を下ろした新所沢パルコ。スマートフォンで建物を撮影する人の姿が多く見られた=29日午後、所沢市緑町1丁目

  • 40年余りの歴史に幕を下ろした新所沢パルコ。スマートフォンで建物を撮影する人の姿が多く見られた=29日午後、所沢市緑町1丁目

 所沢市緑町1丁目の大型商業施設「新所沢パルコ」が29日閉店し、40年余りの歴史に幕を下ろした。「しんとこパルコ」と呼ばれ、文化発信や暮らしのよりどころとして広く親しまれてきたが、周辺の商業施設との競争激化や施設の老朽化などが影響した。「たくさんの思い出をありがとう」「また戻ってきてほしい」。最終日に訪れた利用客らは施設への別れを惜しんだ。

 旧セゾングループの新所沢パルコは1983年6月、西武新宿線の新所沢駅近くにオープンした。店舗面積は約3・9ヘクタールで、衣料品や雑貨、食料品などを扱ってきた。

 修道院をイメージしたといわれる建物の随所にはアーチ形のデザインがあしらわれ、外観の特徴とされてきた。施設は「パルコ館」と「レッツ館」で構成。レッツ館には映画館「新所沢レッツシネパーク」が置かれ、新作映画を上映してきた。市によると、今後の跡地の利用は未定という。

 営業最終日の29日、施設や周辺には午前中から多くの利用客らが訪れ、建物をスマートフォンで撮影するなどしていた。

 「地域の情報発信の最先端を行っており、わくわくしていた」。所沢市の武井和子さん(76)は新所沢パルコを、開業の頃から利用してきた。「ベッドタウンにあって、非日常を味わえる場所だった」と振り返る。アーチの連なる外観は「趣があるなと思う」と言う。

 同市の会社員藤野祐子さん(40)は、新所沢パルコの開業と同じ年に生まれた。「近場で便利。こだわりのある商品も入り、池袋などに行かなくてもここで済んでいた。まだまだ現役でできそうだけど」と建物を仰ぎ「周辺の環境が衰退しないかが心配だ。頑張ってほしかった」と話す。

 入間市の小山友子さん(81)は、所沢市内の病院を訪れた帰りに立ち寄るのが楽しみだったという。「クリスマスの雑貨などがあり、コンサートのチケットも買いに来た」と懐かしんだ。

 所沢市の榊原美和さん(67)は、幼少だった息子と共に映画鑑賞に訪れた。「ここにはカルチャーがあった」と語り、「エレベーターがあって、高齢者が食料品を買うのに便利な場所だった。戻ってきてほしい」と加えた。

 施設内を渡す通路には「思い出メッセージ」を寄せるコーナーが設けられ、訪れた人が施設に対する感謝やねぎらいの言葉を付箋に記し、貼っていた。

 7年前に所沢市に転入した守谷典子さん(40)は、娘(5)と一緒に「パルコありがとう」と書いた。「短い間だったが子どもと遊びに来ていた。子どもの洋服もあり、生活に必要な物がそろっていた。本当に残念だ」と打ち明けた。

 午後には「しんとこPARCOさよならフェス」が開かれ、シンガー・ソングライターのCUTIEPAIさんや所沢市観光大使のJAY'S GARDENらが楽曲を披露。市民らが見守る中、施設は午後8時に閉店した。

 東京芸大建築科の藤村龍至准教授(47)=所沢市出身=は、新所沢パルコの立ち位置について「次世代消費をけん引する役割は、所沢航空記念公園で行われているマーケットなどへ譲り、大量消費の場となった今は所沢駅周辺で進む新たな商業集積にかなわなかった」とした。

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