埼玉新聞

 

オウム教祖三女・松本麗華さん、加害者家族の支援訴え 浦和区で映画上映「差別しないでほしい」

  • 映画の上映後、加害者家族としての体験を語る松本麗華さん(右)=3日午後、さいたま市浦和区のさいたま共済会館

    映画の上映後、加害者家族としての体験を語る松本麗華さん(右)=3日午後、さいたま市浦和区のさいたま共済会館

  • 映画「それでも私は」のPRチラシ表面=提供

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  • 映画「それでも私は」のPRチラシ裏面=提供

    映画「それでも私は」のPRチラシ裏面=提供

  • 映画の上映後、加害者家族としての体験を語る松本麗華さん(右)=3日午後、さいたま市浦和区のさいたま共済会館
  • 映画「それでも私は」のPRチラシ表面=提供
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 加害者家族の人権について考える映画上映会が3日、さいたま市浦和区で開催された。オウム真理教の教祖麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚=執行時(63)=の三女松本麗華(りか)さん(43)を追ったドキュメンタリー映画を上映。教団による未曽有の事件で、首謀者の娘として激しいバッシングを受けた。松本さんは上映後、「普通に市民として受け入れ、差別をしないでほしい」と語り、加害者家族の支援を訴えた。

■激しいバッシング

 映画は2025年に公開された長塚洋監督の「それでも私は」(119分)。オウム事件の首謀者と認定され、死刑を執行された教祖の家族として生きる松本さんを追ったドキュメンタリーで、長塚監督が6年間にわたり取材した。冒頭、弟を保険金目的に殺害された原田正治さんと、松本さんの対話から始まる。加害者(死刑執行)と面会した原田さんは、加害者を許せないものの、死刑制度への反対を唱えていく。映画は国家による死刑制度の是非も問うた。

 オウム真理教は1995年3月の地下鉄サリン事件のほか、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件などの事件を起こし、社会を震撼(しんかん)させた。首謀者の麻原元死刑囚は同年5月に逮捕され、2006年9月に死刑判決が確定。18年7月に死刑が執行された。

 松本さんはかつて、宗教名の「アーチャリー」と呼ばれていた。父親が逮捕された当時は12歳。「おまえはどう償うのか?」という問いを突き付けられる。定職に就けず、複数の大学に入学を拒否され、銀行口座をつくることもできなかった。守ってくれる大人はおらず、報道被害を受けた。父親の死刑執行後、バッシングは激しさを増す。人が多い場所では身がすくみ、自殺念慮を繰り返したという。

 16歳で教団を離れてから、弁護士の支援を受けて大学を卒業。現在は心理カウンセラーや加害者家族を支援する団体の理事を務めている。長塚監督や原田さんとの対話、支援者との交流を重ね、前向きな気持ちを抱き始めた。映画の終盤、「生かされていることを大切にしながら、自分の経験を生かして誰かの役に立てたらうれしい」と語る。

■支援者が被害者に

 上映後に松本さんのトークイベントが行われた。松本さんによると、支援をしてくれた弁護士が顧客を失ったり、住宅を貸してくれた人が暴力を受けるなどしたという。「普通に市民として受け入れられ、加害者家族を支えたとしても、差別されずに排除されない社会になってほしい」

 直木賞作家の東野圭吾さん原作の映画「白鳥とコウモリ」が今年9月、公開された。加害者家族と被害者遺族の関係をテーマにした作品で、東野さんが死去した直後の公開ということもあり、大きな注目を集めている。東野さんは「手紙」という小説でも加害者家族を取り上げた。松本さんは「手紙」の意義に触れながら、「加害者家族という言葉が伝わっていくことに希望を感じています」と話した。

■埼玉弁護士会にPT

 上映会は、弁護士の連帯を強める埼玉の会が主催。同会会長で埼玉弁護士会会長の菊地陽一弁護士は「加害者家族の支援の必要性を感じていた。現状を知ってもらおうと企画した」と意図を説明した。

 山形県弁護士会は18年、「犯罪加害者家族は、犯罪者ではないにもかかわらず、世間から排除されて不当な差別を受けている」として、犯罪加害者家族支援センターを設立した。埼玉弁護士会は今年7月、加害者家族支援のプロジェクトチーム(PT)を立ち上げた。山形県弁護士会と意見交換をしながら、加害者家族にどのような支援を行えるか検討を進めている。

 菊地弁護士は国や自治体による支援体制の構築を働きかけながら、「将来的には(埼玉弁護士会に)センターを設置して、加害者家族を支援する相談体制を構築したい」と話していた。

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