八雲長男から呉服商へ 歴史語る魅力の建物、静かに幕 川越市中央公民館分室 「先進的マインドを未来に」
川越市六軒町2丁目の市中央公民館分室が9月、43年間に及ぶ機能を静かに終えた。建物は2度の移築を経て川越に定着した近代和風建築だ。老朽化が進み、市は2019年から市民への貸し出しを中止していた。建物の歴史には明治時代の英文学者、小泉八雲(=ラフカディオ・ハーン)の親族や川越の呉服商が関わっており、市民らからは今後の利活用を模索する声も上がる。
中央公民館分室は市の観光スポット「川越一番街商店街」の仲町交差点から南西約350メートルに立つ、床面積約170平方メートルの木造平屋。南側には庭園が設けられ、三つの和室を備える。
関係者の資料などによると、建物は東京・三田で久松定謨(さだこと)伯爵邸として建築された。
建物が埼玉に来たのは1928年のことだ。久松家は故郷の愛媛県に住宅を移そうとして解体したが、中止となった。そこで八雲の長男の一雄が譲り受け、三橋村(現さいたま市大宮区)に移築した。一雄は八雲の形見の机で、父に関する著作を執筆したと伝えられる。
その11年後。建物は川越に現れる。呉服商を営んでいた「山吉」の5代目、渡辺吉右衛門が買い取り、現在の場所に移築した。渡辺は川越商工会議所の設立の発起人総代、会頭に就き、百貨店経営や銀行事業などで川越の商業の発展に尽くしたといわれる。
この建物と土地について市は83年に買い取り、同年7月から中央公民館分室として活用してきた。囲碁やヨガの団体などに使われ、2018年度の利用者は約1万4500人だった。
しかし市が18年に建物の簡易耐震診断を行ったところ、大地震時に「倒壊する可能性が高い」との結果が出た。その後のシロアリによる被害の診断では「やや危険」と判断されたという。
市は19年4月から分室の利用を休止。23年度には教育委員会で「公民館としての再生や文化財的活用をしない」との結論が出されていた。
今年の9月定例市議会で市は、公民館設置条例の一部改正案を提案。最終日の9月29日に可決され、分室は「公民館」としての機能を正式に終えることになった。
建物と土地は引き続き市が所有する。今後の方向性は未定という。中央公民館の担当者は「建物には魅力を感じている人がおり、利活用を巡っては定期的に検討する必要がある」とし、「市が管理していくには費用が一番の課題だ」と説明する。
■先進的精神継承の場
市中央公民館分室の在り方を巡ってはNPO法人「川越蔵の会」が、ワーキンググループ「中央公民館分室の今後を考える会~歴史的建造物・旧山吉別邸~」を2024年に発足させ、市などと意見を交わしてきた。
同会は分室の建物について「歴史的な価値のみならず2度も移築されてきた中で、ゆかりのある人々の先進的マインドを未来に引き継いでいける貴重な所。なくさないでほしい」との考えを示す。
また「これからどのような方向に動いていくのか、より注視していく。今後も継続的に、より良い活用方法を提案していきたい」としている。










