埼玉新聞

 

小6の姉、突然亡くなる…駅伝練習中に心停止倒れ 事故から15年 「姉は憧れ」と語る弟は今、救急救命士を目指す 母が誕生させた救命マニュアル、出会った消防士…できた夢は大好きな姉が“つないでくれた縁”

  • 救命講習会で参加者に胸骨圧迫の方法を教える桐田真さん(左)=8月11日、さいたま市大宮区

    救命講習会で参加者に胸骨圧迫の方法を教える桐田真さん(左)=8月11日、さいたま市大宮区

  • 桐田明日香さん(右)と真さん。左下は、明日香さんが真さんの安全を願って書いた七夕の短冊

    桐田明日香さん(右)と真さん。左下は、明日香さんが真さんの安全を願って書いた七夕の短冊

  • 【地図】さいたま市(背景薄緑)

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  • 救命講習会で参加者に胸骨圧迫の方法を教える桐田真さん(左)=8月11日、さいたま市大宮区
  • 桐田明日香さん(右)と真さん。左下は、明日香さんが真さんの安全を願って書いた七夕の短冊
  • 【地図】さいたま市(背景薄緑)

 2011年9月30日、さいたま市の小学6年生、桐田明日香さん=当時(11)=が駅伝練習中に突然の心停止で倒れ、亡くなった。事故から間もなく15年。「お姉ちゃんは憧れの存在だった」。弟の真さん(20)は、明日香さんを通じた縁から救急救命士という夢を抱き、実現に向けて歩みを進める。

■憧れのお姉ちゃん

 「ちっちゃい頃の遊び相手は、ほぼお姉ちゃん」

 お絵描き、駆けっこ、かくれんぼ…。5畳の部屋に敷かれた一つの布団で寝ていたきょうだいは、就寝前にこっそりゲームで遊んだりもした。七つ上の明日香さんは優しくて頼りがいのある、憧れの存在だった。

 あの日、祖母に連れられ病院に向かったが、幼い真さんには何が起きているのか理解できなかった。亡くなった翌日、自宅に戻った明日香さんはただ寝ているように見え、真さんはいつものように隣に寝そべり、くっついていた。

 姉の死を実感したのは、しばらくして一人で寝るようになった頃。募っていく寂しさを周囲には言えず、感情にふたをした時期もあった。

 同じ頃、母の寿子さん(55)は市教育委員会との対立を越え、事故を教訓とした救命マニュアル「ASUKAモデル」を誕生させるなど、再発防止活動に力を入れていった。

 寿子さんには今も忘れられない言葉がある。事故から1年半がたったころ、久しぶりに真さんと二人で公園に行った時のこと。「連れて来てくれてありがとうね」。寂しい気持ちをこらえ、大人を気遣う息子の姿に衝撃を受けた。

 その日から気持ちに寄り添うほど、真さんは夜になると「足が痛い」と泣いた。「本当はここ(心)が痛いんだよね」。胸を指さすと、真さんはそっとうなずいた。

■消防士との出会い

 小学3年生の自由研究で自動体外式除細動器(AED)の設置場所を調べてマップを作ったり、母親の活動についていったり、真さんは少しずつ再発防止に関心を持つようになっていく。そんな頃、一人の男性に出会った。

 千葉市消防局の的塲浩一郎さん(27)だ。中学校でASUKAモデルを教わった的塲さんは15年、駅伝大会で倒れた男性を大人たちと一緒に救命。その後、消防士となり、桐田家を訪れるようになった。

 的塲さんは明日香さんと同い年。トランプをしたり、公園に行ったり、何をやっても上手な的塲さんに、真さんは姉の姿を重ねていった。そして、救命活動に携わる思いを聞くうち、真さんにも夢ができた。小学校の卒業文集にはこう記されている。

 「ぼくの将来の夢は、救急救命士になることです」

 高校1年生で救命講習会のインストラクター認定資格を取得し、参加者に救命処置を教え始めた。25年春には国士舘大学のスポーツ医科学科に進学。必要な知識を学びながら、現場を想定した実践的な訓練にも励んでいる。

■安心与える存在に

 同じ志を持ち、切磋琢磨(せっさたくま)し合える仲間と出会えた真さんは「じわじわと、夢に近づいてきたなと感じる」と心境を明かす。高い救命スキルはもちろん、現場で不安を感じている人たちを安心させられるような救急救命士になることが目標だ。

 事故から15年。大好きな明日香さんに対する思いは、今も変わらない。「ここまでの出会いは、お姉ちゃんがつないできてくれたもの。その思いで今の自分が成り立っています」と真さん。

 夢に向かって進む息子を、寿子さんも温かく見守る。「私にとって生きていく上での希望であり、楽しみでもある。明日香と一緒にこれからも見守っていきたい」

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