埼玉新聞

 

猛攻生き延び、消せぬ記憶 熱田空襲81年、8分の惨劇

  •  1945年6月9日の熱田空襲を振り返る柘植弘子さん

     1945年6月9日の熱田空襲を振り返る柘植弘子さん

  •  1945年6月9日の熱田空襲を振り返る柘植弘子さん

 太平洋戦争末期、米軍の激しい爆撃で2千人以上が亡くなった名古屋市の熱田空襲から9日で81年。生き延びた柘植弘子さん(95)=熱田区=は「ただただ、生きることに必死だった」と振り返る。遺体であふれた川、焦げた臭い、「水をくれ」とうめく声―。同級生35人の命も奪われた。凄惨な光景は今も脳裏に焼き付いたままだ。「二度と繰り返さないよう、戦争の恐ろしさを知ってほしい」と訴えている。

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