埼玉新聞

 

熊本地震、古里に祈り、10年前の不安よみがえる 「どうか命をつなぎ留めて」 久喜市危機管理監・宮本さん

  • 10年間で2度の大地震に見舞われた古里・熊本への思いを語る久喜市危機管理監の宮本康治さん

    熊本への思いを語る久喜市危機管理監の宮本康治さん

  • 【地図】久喜市(背景薄緑)

    久喜市の位置

  • 10年間で2度の大地震に見舞われた古里・熊本への思いを語る久喜市危機管理監の宮本康治さん
  • 【地図】久喜市(背景薄緑)

 最大震度7を観測した熊本地震の被害が拡大し、県内からも心配の声と支援の動きが広がっている。久喜市危機管理監の宮本康治さん(59)は熊本市に高齢の両親が暮らす実家があり、10年前には自衛官として被災地で活動した経験を持つ。惨状に猛暑も重なり、過酷さを増している古里。「どうか命をつなぎ留めて」。遠く離れた埼玉の地から祈り続ける。

 「生きてる?」「無事?」「父さんは?」。7月28日の地震発生直後、宮本さんは母親(82)にメールを送った。足腰の弱った父親(89)との2人暮らし。2階建ての家は築37年と新しくない。10年前の不安がよみがえった。

 幸い両親にけがはなかった。実家も家具が傾いたり、引き出しの物が散乱する程度の被害で済んだ。しかし、衝撃はすさまじく、毎日連絡を取り合っている母親は「10年前よりも圧倒的に揺れが強く、心臓がドキドキしてたまらなかった」と語った。

 実家は嘉島町寄りで、爆発のあったイオンモール熊本は車で10分余りと近い。両親は週1回ほど買い物に利用し、今月4日に還暦を迎える宮本さんに送るビールセットも購入していた。「母親が目の手術を控えていたため地震の2週間前に買っていたが、手術がなければ、爆発のあった日に訪れていた可能性もあった」。なじみの店の従業員が犠牲となったことに心を痛める。

 元陸上自衛隊1等陸佐の宮本さんは退官後の2022年4月、防災専門職として久喜市に入庁した。10年前は熊本市の健軍駐屯地におり、地震発生を受けて隊員を指揮し、1カ月半無休で被災状況の把握と分析に努めた。

 直面したのは「手の打ちようのない現実」だった。家族や財産を失い、心身に深い傷を負った人々。被災者でありながら、支援するつらさ。鮮明な記憶とともに「たった10年で、またなのか」と、やるせなさがこみ上げた。

 ただ、今回の方がより過酷だと感じている。理由は過去に例のない九州地方の猛暑だ。実家のある地域は既にインフラが復旧しているが、断水などで不便な生活を強いられている被災者は多い。体温超えの暑さが気力と体力を奪う。

 宮本さんは「何もできない自分がもどかしい。要請があれば、喜んで全力を尽くしたい」と語り、度重なる大災害に見舞われた古里に思いをはせる。「大変な状況だが、どうか命をつなぎ留めて、乗り切ってほしい」

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