埼玉新聞

 

人手不足…葛藤する施設 防犯対策強化、重い課題 職員の目が届きやすくなるも、入居者の自由は制限され/鶴ケ島老人ホーム殺人

  • 入居者の女性2人が殺害される事件が発生した「若葉ナーシングホーム」=10月15日、鶴ケ島市若葉2丁目

    入居者の女性2人が殺害される事件が発生した「若葉ナーシングホーム」=10月15日、鶴ケ島市若葉2丁目

  • 入居者の女性2人が殺害される事件が発生した「若葉ナーシングホーム」=10月15日、鶴ケ島市若葉2丁目

 上尾市の老人ホームでは今年、入居者が歩いて外出する際の出入り口を1カ所に限定した。職員の目が届きやすくなった分、入居者の自由は制限される。施設長も葛藤した決断の背景にあるのは、今年10月に鶴ケ島市の老人ホームで、入居者の女性2人が殺害され、同施設の元職員が逮捕された事件。高齢化社会で需要が高まる中、福祉の現場には人手不足や経営難に加え、防犯対策の強化という重い課題が突き付けられている。

 鶴ケ島市若葉2丁目の介護付き有料老人ホーム「若葉ナーシングホーム」で入居者2人が殺害された事件では、元職員の男(22)が殺人容疑などで県警に逮捕された。捜査関係者によると、男は周辺環境や社会への不満を募らせていた。「人間関係のトラブルがあり、蓄積していた怒りが増大して『人を殺したい』という気持ちが高まった」などと供述しているという。

 事件は他の介護施設の防犯対策に警鐘を鳴らした。上尾市の介護付き有料老人ホーム「らぽーる上尾」では、暗証番号の更新頻度を上げ、歩行可能な入居者の外出時の出入り口も2カ所から1カ所に減らした。「入居者の自由を奪わないようにしなければならない一方、安全にも配慮しなければならない」。内山昌樹施設長(60)は相反する二つの命題に頭を悩ませている。

 2016年7月に元職員の男によって入所者ら45人が殺傷された相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の事件をきっかけに、社会福祉施設の防犯対策は見直されてきた。厚生労働省は当時、元職員を含む関係者以外の人物が侵入しないように、鍵や暗証番号の随時変更や、職員が手薄になる時間帯の安全確保など防犯対策の強化を各施設に促していた。今回の事件翌日にも、全国の自治体を通して同様の通知を出した。

 しかし、現場に余裕はない。県介護老人保健施設協会(老健)の荒舩丈一会長は「事件を通して医療介護施設における夜間帯の勤務体制の粗悪さを再認識した。物価高騰対策や職員の処遇面などの課題も多く、医療介護業界は切羽詰まっている」と深刻な事情を指摘する。

 高齢化社会により医療介護施設の需要は増え続けるが、必要な人材の確保は追い付かない。県によると、県内の特定施設入居者生活介護施設は22年度末の557施設から、今年12月時点で597施設に増加している。

 激務や賃金水準の低さから、他業種への流出も課題だ。荒舩会長は「夜間は特に看護師や介護福祉士などの資格者が少なく、1人当たりの負担が増えている施設も多い」と業界の特性を指摘。医療や介護施設の半数以上が赤字経営であるとしつつ「中長期的な視点で施設や職員の処遇改善が求められる」と話し、公的な支援の強化を訴えた。

 今回の事件では、容疑者が「(被害者に)恨みはなかった」としているが、近年は訪問介護や介護施設の利用者やその家族による「カスタマーハラスメント(カスハラ)」への問題意識も高まっている。荒舩会長は医療介護施設でのカスハラについて「閉鎖的な環境で集団生活をするという業界特有の環境も影響している」と分析している。

 「らぽーる上尾」の内山施設長は、職員が入居者から暴力や暴言などのカスハラを受けたり、それに対する反発として不適切なケアを行うなどのトラブルが一定数あると説明。「きめ細かいケアが必要」とし、事件を機に改めて職員のケアの見直しを進めると話した。

【鶴ケ島老人ホーム殺人】 10月15日未明、鶴ケ島市若葉2丁目の介護付き有料老人ホーム「若葉ナーシングホーム」で、入居者の高齢女性2人が殺害される事件が発生した。県警は同日、1人目の女性に対する殺人容疑で元職員の男(22)を逮捕。12月1日に2人目の女性に対する殺人容疑で再逮捕した。男は現在、責任能力の有無を調べるため鑑定留置されている。

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