2020年1月18日(土)

行田の足袋製造用具と志木の田子山、国の重要文化財に 有形民俗で37年ぶり、県内から2件同時指定は初

行田の近代化を支えた足袋製造用具と製品(行田市郷土博物館提供)
山頂から富士山が望める「志木の田子山富士塚」(志木市教育委員会提供)

 国の文化審議会(佐藤信会長)は17日、行田市が所有する「行田の足袋製造用具および関係資料」と志木市本町の敷島神社所有の「志木の田子山(たごやま)富士塚」を国の重要有形民俗文化財に指定するよう萩生田光一文部科学大臣に答申した。指定されると、県内の国重要有形民俗文化財指定は、行田市周辺地域を中心に収集された「北武蔵の農具」以来、37年ぶり。県内から2件同時に指定されるのは初めて。県内の国指定重要有形民俗文化財は8件となる。

 県教育局文化資源課などによると、行田の足袋製造用具および関係資料は、行田市の地場産業の収集品で、同市本丸の行田市郷土博物館が保管する5484点(製造用具4219点、関係資料1265点)が指定される。

 行田の足袋製造は、綿花の栽培が盛んだったことや中山道沿いに位置して旅人の需要が高かったことなどを背景に繁栄。天保期に製造卸としての足袋屋が集まり、明治中期以降は裁断機やミシンが導入されたことで工程ごとの分業化が進み、飛躍的に発展した。最盛期の戦前期に全国生産量の約8割を占め、1938(昭和13)年には8400万足以上を生産した。

 収蔵品の年代は江戸末期から昭和期に及び、裁断用の金型や裁断機、ミシンなど各工程の製作用具を網羅している。看板や商標ラベルなどの関係資料も含まれ、製造業の近代化への歩みが読み取れる。老舗足袋業者の奮闘を描いた池井戸潤さんの小説「陸王」の舞台になり、テレビドラマにもなった。

 同博物館は「足袋という一つの産業が一つのまちの近代化を支えたことが評価されたのではないか。今まで以上に注目が集まると思う。足袋の歴史を知ることで、まちの歴史を知られるので、歴史そのものにも目を向けてほしい」と期待した。

 志木の田子山富士塚は、富士信仰に基づいて1872(明治5)年に築造された高さ約8・7メートル、直径約30メートルの富士塚。新河岸川の舟運で栄えた舟運関係者や地元の商人、農民などの協力を得て造られた。北側斜面には富士山溶岩の「黒ボク」が配置されているほか、「御胎内」と呼ばれる洞穴も残り、山頂から富士山を眺めることができる。

 富士信仰は現在も生きていて、毎年7月に山開き、8月には山仕舞いの行事が行われている。富士塚の国指定は、川口市の「木曽呂の富士塚」以来40年ぶりで、全国で5件目となる。

 県内の国指定重要有形民俗文化財には、秩父市の「秩父祭屋台」や東秩父村の「東秩父および周辺地域の手漉(てすき)和紙の製作用具および製品」などがある。

■一層の関心を/大野元裕知事の話

 地域の暮らしの中で育まれ、大切に守り伝えられてきた「行田の足袋製造用具および関係資料」と「志木の田子山富士塚」が、ともにわが国を代表する民俗文化財として、高く評価されたことを大変うれしく思います。これを契機に、県民の皆さんには、歴史の中で育まれた身近な生活文化へ一層の関心をお寄せいただきたいと思います。

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