2017年8月17日(木)

あふれた涙、生きて帰れないと分かっていた父…戦争孤児の男性、父が死んだ戦地調査 家族写真に最後の笑顔

(左)1944年6月、父親が戦地に赴く前に家族6人で撮影した写真。左端が阿部孝雄さん(提供写真)、(右)太平洋戦争で悲運の死を遂げた兵士の墓地を眺める阿部孝雄さん=さいたま市西区三橋の青葉園

 太平洋戦争の激戦地となったフィリピン・レイテ島では派兵された旧日本兵の97%に当たる約8万人が戦死した。戦死者の中には、阿部孝雄さん(80)=さいたま市=の父親で、陸軍大尉だった利雄さんもいた。幼少期に両親を亡くし、戦争孤児として生きてきた阿部さんは、父親らの最期を知るため、レイテ島の戦地を巡る旅を続けている。手元には、数十年前にやっとの思いで入手した一枚の家族写真がある。「レイテ戦はやるべきではなかった。せめて兵隊たちがどんな思いで戦地で息絶えていったのか。それを知りたい」と静かに語った。

購読申し込み 携帯サイト