2016年5月13日(金)

<蜷川さん死去>3月の見舞いが最後…劇団員ら「愛情深い人」「天才」

さいたまゴールド・シアターと若手演劇集団のさいたまネクスト・シアター共演による「鴉よ、おれたちは弾丸をこめる」のパリ公演に出演するメンバーたちと(前列中央)=2013年5月16日、彩の国さいたま芸術劇

 川口市出身の演出家、蜷川幸雄さんが12日、亡くなった。演劇に人生を捧(ささ)げた80年の生涯だった。

 演劇界に新風を巻き起こした高齢者の演劇集団「さいたまゴールド・シアター」の団員たちからは「厳しくて優しい人」「天才」「愛情深い人」などと惜しむ声が相次いだ。

 さいたまゴールド・シアターは素人の高齢者を一般公募し、1200人以上が殺到。2006年にオーディションを行った。同劇団に1年間所属した住職杜沢光一郎さん(80)=さいたま市緑区=は「厳しくて優しい人だった」と振り返る。

 厳しい演出で知られる蜷川さんだが、それは平均年齢70歳以上の素人に対しても同じ。稽古場には「バカヤロー、死んじまえ!」「役者辞めろ」と怒号が鳴り響いていた。

 ただ休憩になると団員と一緒に昼食を取り、気さくに話をした。蜷川さんはよくカツ丼を食べていたといい、「安月給で女房に食わせてもらった時、よく食べたんだよ。頭上がらないよなあ」と笑っていたという。

 団員たちは公演が終わると疲れ切ってしまうのに、同世代の蜷川さんは数本の劇を同時進行で手掛ける。杜沢さんは「手を抜くことは一切なく、超人的な活動。本当に天才だと思った」と話す。

 06年から約2年、単身赴任でさいたま市中央区に住み稽古に通っていた渡部純二さん(75)=神戸市北区=は「どんな小さな役でも目をかけ、指導していた。あの人は最高」と話す。

 渡部さんがシェイクスピアの「オセロー」に、エキストラの一人として出演した時のこと、プロの役者に交じり小さくなっていた渡部さんに対し、蜷川さんは「てめえ、なんで前出てこないんだ」と怒ったという。

 芝居のうまい下手ではない、年を積み重ねた肉体から出る存在感を重視したさいたまゴールド・シアター。渡部さんは「技術で上回る人は今後出てくるかもしれない。でも人生経験や年寄りのわがままを大事にする演出なんて蜷川さんしかできない」と残念がる。

 さいたまゴールド・シアターの最高齢女優、重本恵津子さん(90)=川越市=は「私はほとんど怒られたことがない」と話す。

 今年2月、蜷川さん最後の作品となった「リチャード二世」で主要人物を務めたばかり。「『演出家は舞台が始まったらじっと見守るしかない。嫁にやった娘を心配する気持ちと同じだ』と語っていたのが忘れられない。優しく愛情深い人だった」と振り返る。

 遠山陽一さん(80)=東京都福生市=は3月、団員ら数十人で都内の病院に見舞いに行ったのが蜷川さんを見た最後だった。入院していた蜷川さんは痩せて車いす姿。「早く元気になってほしいとみんなで言っていたのに」と声を曇らせた。

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