2015年12月27日(日)

「原爆の図」米から東松山に帰館 人類共通の問題、受け止める土台に

渡米前に展示されていた位置に戻された原爆の図=26日午後、東松山市下唐子の原爆の図丸木美術館
木箱に収められ、館内に搬入される原爆の図=26日午後、東松山市下唐子の原爆の図丸木美術館

 米首都ワシントンで開かれた「原爆の図」展に出品していた絵画「原爆の図」が26日、東松山市の丸木美術館に帰館した。米国での展示を終え、同美術館は「戦後70年がたち、原爆を人類共通の問題として受け止める土台ができつつある」と話した。

 丸木美術館が所蔵する「幽霊」「火」「署名」「とうろう流し」「米兵捕虜の死」「からす」の6作品が6月、ワシントンに向けて搬出された。日本画家の丸木位里さん(1901〜95年)、妻で洋画家の俊さん(12〜2000年)が共同制作した全15部作の一部で、ワシントンのアメリカン大学美術館を皮切りにボストン大学アートギャラリー、ニューヨークのブルックリンへと12月20日まで巡回展示した。

 同美術館学芸員の岡村幸宣さん(41)は「3会場とも好意的だった」と振り返る。95年にワシントン・スミソニアン博物館で企画した被爆資料の展示が退役軍人の反対で事実上、中止に追い込まれた経緯がある。「時間とともに米国人の当事者意識が薄れたのかもしれないが、だからこそフラットな目線で原爆の図を見ることができる」と、戦後70年に原爆の図がもたらす影響を強調する。

 原爆の図は23日夕に帰国し、通関手続きのため、東京都内の倉庫に保管されていた。26日に1時間半かけ、丸木美術館に運搬されてきた。専門業者5人の手で、木箱や段ボールから慎重に取り出され、渡米前に展示されていた位置に戻された。

 俊さんのめい、丸木ひさ子さん(59)は「(原爆の図に)『おかえりなさい』と伝えた。海外の人の心も動かし、価値のある芸術作品だとあらためて感じた」と言い、原爆の図を静かに見詰めていた。

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