2015年7月28日(火)

記憶の存在見つめる 芥川賞候補作家、入間育ちの滝口悠生さん

芥川賞候補作の「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」について語る滝口悠生さん=東京都新宿区の新潮社

 第153回芥川賞候補となった滝口悠生(ゆうしょう)さん(32)の「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」(新潮5月号)。滝口さんは、都内で生まれたが、幼少から入間市で暮らした埼玉ゆかりの作家だ。受賞はならなかったが、今後の純文学を担う若手作家の一人として期待される。

 「ジミ―」は、現在の「私」が、大学生だった2001年、東北に原付バイクで旅した時のことを軸にしながら、高校時代の美術の非常勤教師との愛、福島県いわき市での地元の人たちとの交流などの過去と現在を行き来きしながら、記憶の存在を見つめるという意欲作である。

 「物語には動きが必要で、これまでも、場所を変えたり、語り手の視点を変えたりしてきたが、語り手が動かないというのは、これまでにはないこと。語り手が動かないなら、動くのは時間だろうということで、記憶というものを書くことになった」と執筆の動機を話す。

 しかし、ゲラを読み終わった時は「いい意味での手ごたえはなく、『大丈夫かな』という不安の方が大きかった」と振り返る。

 題名は、アメリカの伝説のギターリストであるジミ・ヘンドリクス(通称ジミ・ヘン)が結成したバンド名。

 ジミ・ヘンから、大きな影響を受けて「私」は大学生の時にバンドを始める。滝口さんも、ジミ・ヘンにほれ込み、小説の題材として持ってきて「私」が、片思いの先輩の女性に、ジミヘンの曲を弾くという印象的な場面に使われている。

 一見、記憶をたどっているにすぎないようだが、その背後には、東北大震災や9・11テロの存在が見えてくる。「抑制ではなく、どこまで踏み込むか、迷いながら書いた」と話す。

 「過去から跳ね返ってくるのは、私がつくった過去ばかり、そこにあったはずの私の知らないものたちは、過去に埋もれたままこちらに姿をみせない」。

 滝口さんは記憶について小説の中でこう語っている。過去と記憶は必ずしも一致しない。自分で作っていることもある。記憶と過去のずれのようなものが、そこには存在することを、示唆しているようだ。

 生後1年半で父親の仕事で、入間市に。「25歳ぐらいまで住んでいたので、埼玉出身です」と滝口さん。県立所沢高校を卒業後、5年間、アルバイトなどをした。この間に、小説を書いてみたいと思ったという。

 文学について勉強しょうと、2006年に早稲田大学第二文学部に入学。文学批評などを学び3年半で中退し、食品会社に就職した。

 「楽器」で2011年に第43回新潮新人賞を受賞した。14年「寝相」で、第36回野間文芸新人賞候補、15年に「愛と人生」で三島由紀夫賞候補になり頭角を現していた。

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