2015年5月26日(火)

埼玉にいいレガシーを 県スポーツ局長・久保正美氏に聞く

久保正美氏

 5年後に迫った2020年の東京五輪、パラリンピック開催に備え、県は本年度、スポーツ局長を新設。初代局長に08年の全国高校総体の埼玉開催などに尽力した久保正美氏(59)が就任した。

 教育局から知事部局県民生活部に移管したスポーツ振興課、国際スポーツ課から改称したオリンピック・パラリンピック課の両課を束ねる同氏に、狙いと取り組み、課題を聞いた。

 ―2020年の東京五輪、パラリンピックだけでなく、19年にはラグビーのワールドカップ(W杯)開催が控えている。

 「やるべきことは山ほどあるが、やるしかない。優秀なスタッフがそろっている。これらのビッグイベントを通じて、埼玉にいいレガシー(長期にわたるポジティブな影響)を残したい。『あの時のイベントで埼玉は変わったね』と何年も先に振り返られるようにしたい」

 ―ハード面で取り組んでいくべきことはたくさんある。

 「いろいろ考えていかないと。五輪、パラリンピック開催が決まり、予算はハード面を含め、追い風が吹いている。何とかしていきたい」

 ―熊谷ラグビー場の改修については。

 「2万人規模のスタジアムが基本だが、今後さらなる観客席の増加を視野に入れて検討を進めている。W杯を通じて、県北部を活性化させていきたい」

 ―東京五輪では、埼玉スタジアム(サッカー)、さいたまスーパーアリーナ(バスケットボール)などが会場予定になっている。

 「6月の国際オリンピック委員会(IOC)で正式に会場が決定する。必要な改修には対応していきたい」

 ―今秋には、さいたま国際マラソンが開催される。

 「今回は一般の募集が5000人で、4時間以内の制限があった。これを広げていく方向で進めていきたい。6時間以内、1万人が可能なのか、検討していきたい」

 ―スポーツ局長新設の経緯は。

 「1964(昭和39)年の東京五輪で日本の社会の姿が大きく変わった。埼玉も東京五輪と、67(同42)年の埼玉国体開催をワンセットにして、インフラだけでなく指導体制も含め大きく変わった。今回も同じだ。ラグビーW杯、東京五輪、パラリンピックの埼玉開催が決まった瞬間が、スポーツ局長のできる瞬間だった」

 ―スポーツがもたらす影響が時代ともに変化したということか。

 「かつて日本のスポーツは学生スポーツから始まり、中心だった。だから教育委員会がスポーツ振興を担当していた。近年、Jリーグができたりしてスポーツの地位が高くなった。ある一定の文化としてメジャーになり、学校教育から離れて認識される時代になった」

 ―埼玉にも文化として根付いている。

 「一般スポーツのレベルは全国トップクラスと自負している。前回の東京五輪、埼玉国体での礎が今の埼玉スポーツを支えていることは間違いないし、今でもうまくいっている。ただ上田知事はそれだけでは駄目だと言っている」

 ―知事はスポーツ局長に何を求めているのか。

 「知事からは純粋なスポーツ振興に加えて、スポーツイベントが地域振興、観光資源になることを求められている」

 ―スポーツをもっと大きな枠組みとして捉えているということか。

 「ビッグイベントを通じて人を全国や世界から集め、観光資源にしていくことを目指したい。とはいえ、スポーツ振興を二の次にはしたくない。埼玉の選手がより競技に取り組みやすい環境をもっと整備したい。埼玉のスポーツのステージをもう一つ上げたい」

 ―その上でスポーツ文化を広げていくということか。

 「スポーツは健康、長寿に結び付けられる。また、希薄になったと言われる地域、人のつながりがスポーツが入ってくることによってつながりやすくなる。一緒にジョギングをするとか、子どものスポーツを通じて親同士がつながっていくなど。スポーツで地域を元気にしていきたい」

■久保正美(くぼ・まさみ)

 県スポーツ局長。1979年、保健体育科教諭として浦和高に赴任。県高体連理事長などを経て2007年から全国高校総体推進室長として08年の埼玉開催に尽力した。その後、県保健体育課長を経て、昨年度まで熊谷女高校長を務め、4月から現職。

 松山高―日体大出。高校時代は競泳の背泳ぎ選手として活躍。嵐山町出身、在住。59歳。

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