SINCE 1943

1958年に埼玉新聞が紙齢5000号に達したことを記念し、郷土埼玉の発展に寄与した人々を顕彰するために創設された。芸術部門(2人)、教育部門、農林部門、商工部門、社会文化部門、スポーツ部門の6部門とスポーツ部門特別賞がある。今年で66回を数える。選考委員は、芸術部門が高橋千劔破(ちはや)氏(日本ペンクラブ理事)と埼玉県美術家協会、スポーツ部門は県内のスポーツ関係者など、各界の関係者が務めている。過去の受賞者に金子兜太(俳人)、森村誠一(作家)、丸木位里・俊(画家)、京極夏彦(作家)、瀬戸大也(競泳)、新井千鶴(柔道)らがいる。

芸術部門

ほしおさなえ

川越舞台に魅力描く

ほしおさなえ氏(59)

作家

 「育った土地からの評価はうれしい」とほほ笑む。活版印刷が題材の小説「活版印刷三日月堂」(ポプラ文庫)、そして古民家の声が聞こえる青年が主人公の「菓子屋横丁月光荘」(ハルキ文庫)の両シリーズはいずれも川越が舞台。登場人物の物語を軸に、文化と歴史が積み重なった街の魅力が描かれている。

 東京都出身。3歳から20代半ばまで所沢市に住んだ。東京学芸大を卒業後、出版社に勤務。文芸出版社の賞に投稿し、1995年、小説「影をめくるとき」が群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。

 養蚕といった近代化の中で隆盛を誇り、衰退していく事物に関心を寄せる。2016年から刊行の三日月堂シリーズは、悩みを持つ客が、手作業の温かみのある活版印刷に癒やされる物語で、累計35万部のベストセラー。川越を深く描こうと執筆したのが月光荘シリーズで、狭山市など周辺の知られざる産業遺産も登場。「紙屋ふじさき記念館」(角川文庫)含め、川越3部作と呼んでいる。

 ほしおさんにとって実在の地域をモデルにしたのは「活版~」が初。「埼玉を歩くと、人々が手を動かし、働くことで重ねてきた『庶民の歴史』をひしひしと感じる。『埼玉には何もない』と言うけれど、知らないだけで、本当はたくさん『ある』」と力を込める。

 今後は「明治期の産業に興味が出てきた。地域も視野もさらに広げた作品を書きたい」。

松岡 滋

県民のための県展に

松岡 滋(まつおか・しげる)氏(74)

画家

 県内最大の公募展「県展」の主催団体の一つ、県美術家協会の会長を2017年から務める。県展とは縁が深く、埼玉大学教育学部美術科の2~4年生在籍時に3年連続で特選に入選。しかも4年生の時は最高賞の知事賞を受賞。若い時から頭角を現した。

 卒業後は国画会を中心に活動。第57回国展前田賞、第16回日伯現代美術展優秀賞などを受賞している。「いい時も、うまくいかない時もあり、山あり谷ありだったね」と画業を振り返る。

 室内に置かれた静物、窓の外には川越や毛呂山の田園風景が広がる穏やかな色調の油彩画。その作品に触れ、親しみを感じる埼玉県民も多いだろう。

 美術家協会の会長だった塗師祥一郎さんが亡くなり、その遺志を継いで県展の充実に取り組んだ。昔から浦和に画家が多かったことや、東京に近いことから、埼玉県内には絵の愛好家が多く、県展のレベルは高い。展示会場の関係で入選率が抑えられていたが、展示方法を工夫して入選数を増やした。

 今年から高校生奨励賞を新設し、若者の応募増も狙う。「(若者の作品は)若々しくモダンな感じ。一般の出品者にも刺激になっている」と、効果が上がっていることを指摘する。「県展は県民のための美術のお祭り。なるべく多くの人に参加してもらいたい」。県内の美術振興のために、これからも力を尽くしていく考えだ。

教育部門

小松弥生

おがわ学で地域連携

小松弥生(こまつ・やよい)氏(64)

元県教育長

 2017年から県教育長を約3年間務め、当時の教育振興基本計画の具現化事業の一つとして「おがわ学」を立ち上げるなど、埼玉教育の発展に尽力した。「受賞を光栄に思う。埼玉の方が私のことを覚えていてくださったことがうれしい」と喜びを語る。

 広島県出身。京都大学を卒業後、文部省(当時)に入省。同省高等教育局や教育助成局などを経て、1992年に県教育局管理部文教政策室長に就任。県における教育行政の一翼を担った。その後は文化庁で長官官房政策課長や文化部長を歴任し、国の文化行政にも貢献。現在は東京国立近代美術館の館長などを務める。

 県教育長として取り組んだ「おがわ学」は、小川町立小・中学校と県立小川高校の児童生徒が、地域資材をテーマに町の文化や歴史などを探求的に学ぶことで、地域活動への参画を目指した事業で、県内外の教育関係者から高い評価を受けた。

 「地元と県立学校の協力関係を強化する取り組みとして、町に声をかけた」と事業開始の経緯を語り「今も続いていて、子どもたちも小学生のころから地元の良さを認識している。これからが楽しみ」と笑顔を見せる。

 教育長在任中は学校訪問を重ね、子どもや教員の声を施策に反映してきたが、教育現場への思いは今も健在だ。「これからも自分の知見が生かせることがあれば、自治体や学校の教育文化振興に関わっていきたい」

農林部門

若林龍司

未来ある埼玉の農業

若林龍司(わかばやし・りゅうじ)氏(76)

元県農業協同組合中央会会長

 元県農業協同組合中央会会長。久喜市菖蒲町出身で、県立熊谷農業高校卒業後、地元南彩農協を経て、県農業協同組合中央会に。持ち前の人柄と優れた経営感覚、リーダーシップで県内の農業発展に尽力した。「恐れ多い賞を頂き大変光栄。多くの人の協力があったからこそこれまでやってこれた」と笑顔を見せた。

 地元農協時代はナシやイチゴの栽培、販売促進をはじめ、営農事業に取り組み、組合員の所得増大に貢献した。「埼玉の農業にはまだまだ未来がある」。消費者が生産者の近くに多くいる埼玉の立地条件に可能性を求めてきた。

 JAグループの組織強化にも尽力。医療、福祉、金融など多岐にわたる事業で、生産者の立場から運営に取り組んだ。農業法人や大規模農家に関心が集まる一方、後継者不足の課題に寄り添う。「家族経営による農業を大事にしていかないといけない」。農協、組合員だけでなく、その先には安心して暮らすことができる地域社会を見据える。

 「(T)とことん、(A)会って、(C)コミュニケーション!」。JAのキャッチフレーズ「TAC」を引き、組合員との対話を重視、情報発信に努めた。経験と知識に基づいた自信、行動力が組合員から信頼を集める。若手農業関係者からも頼られる存在だ。「交流サイト(SNS)でグループをつくった。若い人と話すと年を忘れる。積極的でやることが早い。何より夢があるから」

商工部門

三村喜浩

地域経済回復に情熱

三村喜浩(みむら・よしひろ)氏(86)

県商工会連合会会長

 商工会に関わって、ほぼ半世紀。地域経済の振興・発展に尽くしてきた。今回の受賞は「自分だけではできない。商工会の会員、職員、役員の皆さんの協力、支えがあったからこそ」と喜びを語る。

 大学卒業後の1962年4月、夢だった東京・丸の内の搬送システム施行会社「第一工業」に入社。27歳で北海道所長として実績を築き、33歳で吉見に「三村工業所」を起業、同社初の専属会社となった。吉見町商工会に入ったのは74年、工業部会創設で、声をかけられ、初代部長を務める。同副会長を経て、98年から会長を務める。

 この間、事業者のネットワーク化、スタンプ会や出店組合の設立、地域支え合い(地域通貨券の発行など)や農商工連携事業(イチゴスイーツの開発など)などを通して町おこしに貢献してきた。

 99年から県商工会連合会理事。監事、副会長を経て、2018年に会長に就任。コロナ禍にあっては、苦境の事業者の経営支援に取り組み、県新型感染症専門家会議や、経済の県戦略会議では、中小企業・小規模事業者の意見を代弁し、感染拡大防止と経済活動の両立に尽力。また、減少傾向にあった会員の増強運動を始め、4年連続で会員数を増やしている。「現場の声を拾って、政策に生かす」がモットー。今年のスローガンは「回復」を掲げた。コロナ禍で痛んだ地域経済の〝回復〟に思いを込めた。

社会文化部門

須崎勝茂

芸術家の夢を後押し

須崎勝茂(すさき・かつしげ)氏(72)

丸沼芸術の森主宰

 丸沼倉庫社長を務める一方で、若手芸術家を支援するために「丸沼芸術の森」を開設したのが1985年。芸術家が制作場所の確保に苦慮していることを知り、所有する土地にアトリエを建てて芸術家に提供したのが始まりだ。

 これまでここで制作活動を行った芸術家は40人以上。特に印象に残っているのは、現代アートの巨匠、村上隆さんだ。村上さんは東京芸大大学院在学中の80年代後半から約20年間、丸沼芸術の森を制作拠点としていた。

 出会った時の村上さんはラフな服装でサンダル履き。「僕の絵を買ってくれたら、日本画で博士号を取ります。そして、世界で3本の指に入るアーティストになります」と約束したという。その後、博士号を取得し、世界的な芸術家に。

 米国で村上隆展が開催された際、パーティーに招待された。スピーチを終えた村上さんは真っ先に須崎さんのテーブルを訪れ、「〝3本の指〟に入りました」と深々とあいさつをしたという。「私も村上隆に夢を持つことの大切さを教えてもらった」と話す。

 現在はアトリエの再整備を計画中で、来年2月に着工予定だ。海外の作家が滞在して制作活動を行う「アーティスト・イン・レジデンス」も実施しており、今年も韓国の作家が来日。芸術の森の作家たちも刺激を受けたという。「作家が世界へ伸びていくための環境づくりをしていきたい」。これからも作家の夢を支援を続けていく。

スポーツ部門

楠瀬直木

女子サッカーの発展を

楠瀬直木(くすのせ・なおき)氏(59)

三菱重工浦和レッズレディース監督

 女子サッカープロリーグのWEリーグ2022―23シーズンで、三菱重工浦和を監督就任2年目で初優勝に導いた。リーグ開幕前のWEリーグカップでも初の栄冠をもたらすなど、好成績を収めて多大なる貢献を果たした。「今回、埼玉が女子サッカーに目を向けていただいて賞を頂けることがありがたいです」と喜びを口にした。

 東京都出身。学生時代は帝京高校、法政大学でプレーし、卒業後は読売クラブなどで選手生活を送った。2020年に浦和レディースユースの監督を務め、21年から三菱重工浦和の指揮を執る。1年目で皇后杯を獲得し、2年目の昨季は2冠を達成。だが、「(リーグとカップ戦の)2冠を取れたというよりは、3冠を取ってもおかしくない優秀な選手たちだけに皇后杯を落としてしまったと捉えている」。今年のオーストラリアとニュージーランドで開催された女子ワールドカップで4選手を日本代表に送り出すなど、WEリーグ随一の総合力を誇るだけに満足の様子はない。

 三菱重工浦和の強化だけではなく、女性活躍社会を掲げるWEリーグと女子サッカーの発展を考える。「観客動員を増やすためにも、埼玉の3チームを含め、イベントをしていき中高年の世代がスタジアムに来てくれればうれしい。中学生、高校生が選手として浦和だけでなくちふれ、大宮を目指せる場をつくりたい」と語った。

佐藤拳太郎

挑戦を重ね記録更新

佐藤拳太郎(さとう・けんたろう)氏(29)

陸上競技選手

 今年8月に行われたブダペスト2023世界陸上の男子400メートル予選で44秒77をマークし、高野進氏が1991年に樹立した記録を0秒01上回り、日本新記録を更新。「目標を達成した瞬間から新たな目標を立てるタイプ。(記録更新は)決勝に進んでないから、両手放しで『よっしゃ』とは言えなかった」と満足する様子はなかった。

 一つ一つの積み重ねが、大きく実を結んだ。豊岡高校で陸上を始め、進学した城西大学で千葉佳裕監督(当時コーチ)=埼玉栄高校出身=の勧めで200メートルから400メートルに転向。すると4×400メートルリレーでリオデジャネイロ五輪、東京五輪の日本代表に選ばれるなど頭角を現した。

 だが、城西大2年時以降、自己ベストを更新することができず、「ここまで結果が出ずにもどかしいシーズンが続いた」。毎年、自分に何が足りないか考え、課題を克服することを繰り返し、昨年度は早大大学院で400メートルの走り方などを研究した。

 「400メートルに対して自分の中で、走る形が固まった」と成果が発揮されたのが、今シーズンだった。5月の静岡国際で45秒31をマークし、8年ぶりに自己ベストを塗り替えて優勝すると、7月のアジア選手権で0秒31上回ってさらに更新。そして、8月に日本新記録を生み出した。「今回、(埼玉文化賞を)受賞できて身に余る思い。今後、恥じないように努めたい」と謙虚な姿勢を見せた。