平和への思い 絵はがきに イスラエル人画家ネッタ・ガノールさん 口に筆、日本の風景描く
絵筆を器用に口でくわえ繊細なタッチで色を塗り重ねていく女性。イスラエル人画家ネッタ・ガノールさん(46)は「口と足で描く芸術家協会」(MFPA)所属のアーティストだ。今回、ガノールさんが描いた「Autumn in Kyoto(京都の秋)」が絵はがきとして商品化され、日本国内での販売を開始した。居住する中東のイスラエルから遠く離れた日本へ―。国はいまだ不安定な情勢が続くが、平和の懸け橋として思いをつないでいく。
■人生を取り戻す
ガノールさんは1979年エルサレム生まれ。15歳のときに知覚運動まひに襲われ首から下の感覚を失った。医師の診断は「突発性横断脊椎炎」。3年に及ぶ入院生活のリハビリにより、口で絵を描くことを始めた。その後、21歳の時にコンピューターサイエンスの理学士学位を取得。現在では当たり前になった自動車の車間距離や脱輪の危険性を知らせる安全運転支援システムの概念実証(プロトタイプ)を開発した。「慰めなんかいらない。かつての人生を取り戻したい。奇跡を待つんじゃなく懸命に働かなくては」。現在は男児2人の母親でもある。
■日本の美に憧れ
ドイツに本部を置くMFPAにはけがや病気で両手が不自由になったアーティストらが所属。現在、日本人18人を含む世界69の国と地域で約740人が活動する。県内ゆかりの画家では梅宮俊明さん(越谷市在住)と築地美恵子さん(飯能市出身)の2人がいる。自分で稼いだ収入で自立することを最終目標に作品を絵はがきやカレンダーに複製して販売。収益金はアーティストの生活費や奨学金の一部に充てられる。
ガノールさんの日本との出会いは子どもの頃に読んだ米国映画「Memories of a Geisha」(邦題SAYURI)の原作本。そこに描かれた日本の静寂や調和、随所に感じる清廉さや繊細な美的センスに魅了された。今回の絵はがきは色鮮やかな赤や朱色に染まる京都の永観堂や円山公園の紅葉風景。友人が来日した際に撮った写真の中から強くインスピレーションを感じた3枚を選び、2013年に制作した。
■創作と生の渇望
ロケット弾が日々、頭上を飛び交ってもガノールさんが正気を保つことができたのは、そばに芸術があったから。創作と生への渇望が恐怖心を抑え込んだ。「時に戦争は民意とは別の少数の権力者の欲で始まる。私たちの活動はそれとは正反対で、敵対と見なされる国(地域)の芸術家とでも活動は続けられる」と話す。そこに憎しみや争いの感情はなく、あるのは作品への敬意と博愛の精神だけだ。
戦禍でもガノールさんは描くことをやめなかった。息子がカラフルな車のおもちゃで遊ぶ肖像画は背景が全てモノクロ。「日常が壊され光を失っているように見えても、ほんのわずかな色の瞬間(希望)を大切にしたい」。母の切なる思いを作品に込めた。
■知恵と慈悲の心
「日本は戦争で究極の恐怖(原爆)を体験し、暴力の無益さを真に理解している。私たちも過去にホロコースト(大量虐殺)の悲劇に遭い、日本人と同じように知恵と慈悲の心で再び立ち上がった。平和は政治や権力からではなく、日々の小さな親切や相互尊重から始まると信じている」とガノールさん。一刻も早く祖国に真の和平が訪れることを願い、今日も真っ白なキャンバスに筆を走らせていく。
絵はがきは3枚組みで900円。MFPA日本支部のネットショップで購入できる。問い合わせは、口と足で描く芸術家出版(電話03・3267・2881)へ。










