埼玉新聞

 

「強化しすぎると収容所のように」と葛藤も 防犯対策が急務 老人ホーム殺人事件1週間 「恨みない」見えない動機 介護職の感情労働によるストレスや職員ケアの不足も指摘

  • 事件から1週間たち、規制線が解けた「若葉ナーシングホーム」=22日午前、鶴ケ島市上広谷

    事件から1週間たち、規制線が解けた「若葉ナーシングホーム」=22日午前、鶴ケ島市上広谷

  • 事件から1週間たち、規制線が解けた「若葉ナーシングホーム」=22日午前、鶴ケ島市上広谷

 鶴ケ島市の介護付き有料老人ホーム「若葉ナーシングホーム」で15日、入居者の女性2人が殺害された事件から1週間が経過した。同日に殺人容疑で逮捕された元職員の男(22)は2人を「首を絞めてナイフで胸の辺りを刺した」と犯行を認めている一方で、「2人に恨みはなかった」とも供述。依然動機は判明していない。容疑者は施設の電子錠の暗証番号を入力して侵入しており、施設の防犯面への懸念も顕在化した。

■暗証番号が同じ

 事件は15日未明に発生。施設の5階で就寝していた入居者の女性(89)と、4階の女性(89)が殺害された。死因は頸部(けいぶ)圧迫による窒息だった。県警は5階の女性を殺害した容疑で男を逮捕、送検した。男は2023年5月から昨年7月まで施設に勤務しており、2人とは面識があったとみられる。

 捜査関係者などによると、施設の入り口やエレベーターには暗証番号の電子錠が設けられていたが、施設側によると、男の退職後も暗証番号を変更していなかった。男は「4桁の暗証番号を入力して、出入り口の鍵を開けて施設に入った」と供述しており、施設の防犯対策の課題が浮き彫りになった。

 社会福祉施設の防犯対策は、16年7月に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の男によって入居者ら45人が死傷した事件をきっかけに見直されてきた。厚生労働省は当時、全国の自治体を通して、夜間などの職員が手薄になる際の安全確保体制や元職員などの関係者以外の人物が侵入しないように鍵や暗証番号を随時変更することなどの防犯対策の強化を促す通知を発出。同省は今回の事件を受け、発生翌日の16日にも自治体を通じて同様の通知を出した。

■職員のケア課題

 特別養護老人ホーム「きりしき」(さいたま市中央区)の金子史人施設長(49)は施設の防犯対策について、「セキュリティーキーを定期的に変えるのは必要。1年以上変えないのは長い」と指摘する一方で、「強化しすぎると収容所のようになってしまう」と利便性との葛藤を話す。

 一般的に、福祉施設などの従事者は「感情労働」と呼ばれるとして、感情を抑えながら仕事をするのでストレスがかかりやすい傾向にあること挙げ、「今回の事件が当てはまるのかは分からないが、労働環境などによっては感情労働が事件の背景に影響を及ぼす事例も一定数ある」と懸念を話す。県内では今年にも、さいたま市緑区の特別養護老人ホームで、介護士が入居女性に暴行してけがを負わせるなど、施設内での事件が複数発生している。

 事件を受け、金子施設長は職員のケアについて、「普段から従業員とコミュニケーションを取ることが大切」だと再認識している。業務の中では対応が難しい利用者などと接する機会もあり、「定期的なヒアリングなどサポートの体制を充実させることが求められているが、人手不足や予算面で手が及んでいない施設が多いと感じる」と話し、国などによる財政的支援の必要性を訴えた。

■容疑者知人ら「なぜ事件を」

 鶴ケ島市の老人ホーム「若葉ナーシングホーム」で入居者の女性2人が殺害された事件から1週間がたった22日、規制線が解かれた施設には、デイサービスの利用者を乗せた車や施設の職員が出入りした。周辺道路でも通行人や車両が通り、徐々に日常を取り戻しつつあった。

 男と同じ熊谷市内の高校に通っていた同級生の男性(21)は男の性格について、「友達とよくしゃべり笑っていたので、明るい印象だった」と振り返る。学校行事や陸上部での活動も積極的に取り組んでいたといい、「トラブルも聞いたことがなく、事件を起こすような暗い悩みを抱えているようにも見えなかったので、事件を知り驚いた。なぜ事件を起こしてしまったのか」と首をかしげた。

 男が勤務していた施設で一緒に働いたことのある男性は、「仕事もしっかりやっていて、入居者とトラブルがあったなども聞いたことがない」と話した。

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