育児する母親「大人に話を聞いてほしい」「1人で寝られる場所が…」 産後うつ…悩みを話して 生後5カ月の長女殺害の母親に実刑判決 育児の不安からうつ病など発症、周りとコミュニケーションがうまく取れず 専門家「人頼れる環境に」
熊谷市で今年1月、産後うつ状態の母親が生後5カ月の長女を殺害した事件。殺人の罪に問われた母親に対して、さいたま地裁は懲役3年の実刑判決を言い渡した。裁判員裁判の公判では、被告が産前産後の育児の不安から不眠症やうつ病を発症し、周りとのコミュニケーションがうまく取れなかったことが浮き彫りになった。専門家は「人を頼ることを良しとする環境づくりが必要」と呼びかける。
事件は1月19日に発生。熊谷市の無職の女(30)が同市内の利根川で、生後5カ月の長女を抱きかかえて無理心中しようと入水。長女は溺死した。被告は出産直後の昨年8月に不眠症と診断され、10月ごろには育児の不安や夫との関係にストレスを募らせ、うつ病と診断されていた。軽度の知的障害も影響したという。
さいたま地裁は8月28日、被告が犯行当時、心神耗弱状態だったとした一方で、殺害の故意性を認定し、懲役3年の実刑判決を宣告した。執行猶予付き判決を求めていた弁護側は同日付で控訴した。
■ケア方法の過渡期
熊谷市母子健康センターでは、全ての産婦に対面や電話での相談に対応している。妊娠届を出してから産後4カ月までの間、最低3回は母子の健康状態を確認し、産後ケア施設や病院を紹介。被告も不眠や不安を相談して精神科を紹介され受診していたが、入院治療を勧められると断り、通院治療を継続した。
同センターの渡辺努所長は「事件が起きたことは重く受け止め、これまで以上に妊産婦の悩みを聞き、丁寧な対応をしていく」とコメントした。
産後ケアに詳しい越谷市立病院産婦人科の西岡暢子医師によると、産後の母親は悩みを打ち明けられずに抱え込み、自身を攻撃するケースが一定数ある。近所付き合いが希薄なことや恥ずかしさから、周囲に助けを求められない傾向にあるという。
産後うつに対する認知度は2010年代前半ごろから上がったものの、精神面のケア方法を確立する過渡期だという。こども家庭庁によると、産後うつの検査「エジンバラ産後うつ質問票」を実施した妊婦のうち、産後1カ月以内に「可能性が高い」と診断されたのは約1割にも上る。
西岡医師は「今回の被告のように知的障害の影響も含めて考慮し、地域の施設につないだり、電話や訪問での対応など、それぞれに合ったサポートを見極める必要がある」と対応の難しさを語った。
■ケア施設の重要性
産後の母親は、子どもへのきめ細かい世話で、自分自身のケアをないがしろにするケースが多いという。「大人に話を聞いてほしい」と話すのは、6カ月の息子を育てるさいたま市浦和区の女性(28)。夫は仕事で日中は不在で、帰宅後も会話は少ない。「疲れている気持ちは分かるが、育児の話を聞いてほしい」。同じく6カ月の娘を育てる同市北区の女性(35)は、最近娘の寝付きが悪くなり、「1人で寝られる場所がほしい」とため息をついた。
2人は母親と1歳までの子をサポートする産後ケア施設「助産院Lanka」(さいたま市浦和区)を利用した。子どもを日中のみ預ける通所型と1日預ける宿泊型を整備し、助産師や看護師、保育士などが常駐し、母親の休息を支援している。同施設代表理事の斎藤亮子さん(61)は、産後ケアの認知度の低さを懸念し、「行政などがしっかり周知してほしい」と語る。
県によると、県内の国や自治体の委託を受ける産後ケア施設数は昨年度が延べ605だったのに対し、今年は720の予定。本年度から県が補助金の一部を負担し、市町村と国のやりとりから、県で一元化されるようになった。
越谷市立病院では複数の質問票を使い、出産前後の健診で母親のうつ状態への危険度をチェックしている。定期健診は子どもが主で、母親の心身を見る機会は少ないとして、西岡医師は「母親の健康が子の健康につながる。早期に悩みを発見できる環境を整え、遠慮なく頼ることができる機運をつくってほしい」と話していた。










