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おらが町の野球部 鷲宮高校物語
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6. 泥んこ野球 |
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また“夏”がやってくる |
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鷲宮高校野球部は、選抜大会に初出場した一九九五年以降、甲子園に出場していないが、私立全盛の高校野球界で毎年のように県大会の上位に顔を出し、懸命に夢を追い続けている。町民はいつでも、そんな野球部を近くからそっと見守る。 現在の同校野球部グラウンドは、球児の情熱とともに町の期待が詰まった場所だ。 同校北側に位置し両翼九十七メートル、センターは百二十五メートル。外野には芝生が敷かれ、グラウンドというより「球場」。選抜大会出場が決まる一年前の九四年に県の認可が下り、九七年に完成した。 「鷲高球場」の整備は町関係者の悲願だった。現町長の本多健治(63)は当時、球場実現のため奔走。「選手が思い切って練習できる環境を整えてやりたかった。先生方と協力して夜十二時すぎまで地権者探しをしたよ」と懐かしむ。 町がそこまで力を入れたのは「人間づくりに直結するスポーツ振興で町内唯一の高校に特色を持たせたい」という強い信念があったから。「今ではそれがすっかり定着している」と本多も満足そうだ。 ◎ ◎ ◎ 校内でも野球部を核とする開校当時からの伝統が生き続けている。始業式で新入生に一番最初に校歌を教えるのは野球部だ。 現校長の大保木道子(56)は「一生懸命な野球部員の姿が、ほかの生徒にもいい影響を与えている」と存在感の大きさを指摘。その上で「スポーツの奨励は校内に活気を与え、学校生活でも公正なルールの下でやろうとする意識が生徒たちに浸透している」と部活動の意義を強調した。 ナインは町の環境美化など地域活動にも定期的に参加。九六年から野球部を指揮する現監督の高野和樹(39)は「町の支援や学校の理解はありがたい。野球を通じて育ててもらった感謝の気持ちを忘れないよう選手たちに言い聞かせている。みなさんの応援に応えられるよう頑張りたい」と力を込めた。 ◎ ◎ ◎ 目指せ甲子園。小さな町が学校と一体となって地元の野球部に夢を託す物語。ただ、町も学校も町民も「甲子園」のみを求めていなかった。 同校の近くに住む佐藤喜美雄(75)は熱心な野球部ファン。試合観戦数は優に千を超える。その佐藤が言う。「結果じゃないんだ。一生懸命だから感動するし、応援したくなる。歯を食いしばって白球を追う球児たちから、こっちが元気をもらってるんだよ」 町長本多も人間味にあふれる。取材に対し、「記事にしてくれるのはうれしいんだけど、選手のプレッシャーにならないかなぁ。そりゃあ甲子園に出られれば最高だが、鷲高野球は泥んこの中でやってきた野球。結果を気にせず、いつも通りのプレーをしてくれればいいんだ」。その表情は孫の活躍を陰から祈る好々爺(や)のようだった。 ◎ ◎ ◎ 鷲宮高校野球部の原点は「ひたむきさ」だ。そこに高校生も町民も明日への希望、生きる喜びを重ね合わせる。高校野球の原点にも通じる姿だ。 初めて第1シードで臨む夏の埼玉大会開幕まであと三日。応援歴十五年の佐藤は「ことしのチームはいいよ。生きているうちにもう一度、甲子園に連れてってもらいたいねぇ」とにっこり。鷲宮町の熱く燃える季節がまたやってくる。 (おわり) =文中敬称略= (2006年7月9日付掲載) |
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