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おらが町の野球部 鷲宮高校物語
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5. 町民の思い |
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球児に映す自らの人生 |
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初舞台の甲子園で結果こそ残せなかったが、鷲宮高校野球部は学校や地域に大きな夢を与えた。町民は野球部を誇りに、野球部もまた、町の応援を力に戦った。 そんな町民にとって、同校野球部とはどんな存在なのか。 野球部を語る上で欠かせない店がある。東武伊勢崎線鷲宮駅と学校の間にある居酒屋「ふるさと」は、一九七七年に開店した熱烈な高校野球ファンが集まる店だ。大会ともなれば、地元の常連客を中心に、近隣市町村から野球好きの客で店内がいっぱいになる。 試合当日は、応援に駆け付けた人が携帯電話で結果を店に伝え、行けなかった人も店内で試合結果を酒の肴(さかな)に盛り上がる。常連客が情報を持ち寄り、次の試合日はいつか、内容はどうだったかなどで野球談議に花を咲かす。 ◎ ◎ ◎ 店主の菅原勝雄(72)は妻の孝子(68)と二人で、この店を切り盛りしながら、ずっと野球部を応援してきた。 菅原は「お客さんとは話をしないが、カウンター越しに野球話に耳を傾け、そうだそうだと思っている。野球部の話をお客さんが持って来てくれることが、何よりの宝」と言えば、孝子はあうんの呼吸でこう返す。「自分たちに子どもはいないけど、部員たちがいつもけがをしないか心配しながら見ている。かわいい孫みたいなものですよ」とほほ笑む。 菅原は「高校野球の魅力は一生懸命さ」という。青春時代はボクシング一筋。若いころ、いちずで真っすぐな人生を歩んできた自分と、ボールを追い掛ける球児が自然と重なり合うときがある。「若者の頑張る姿っていいよね。彼らを見ていると、自分も仕事を頑張らなきゃいけないと思うんだ」。そんな瞬間、心が一番休まるという。 ◎ ◎ ◎ 常連客の一人で地元出身の森田晃(51)は「今の時代はどこもお金がなくて、暗いムードが漂っている。そんな中で、鷲高野球部は夢と希望を与えてくれる存在だよ」と焼酎をあおる。近所で電気店を経営する仁昌寺末治(56)は「耐え抜いて耐え抜いて勝つ守りの野球が、共感を呼ぶ。グラウンドに行けば知り合いに会えるし、野球部の応援は一つのコミュニティーだ」とグラスを空けた。 二人ともいい表情。それぞれが野球部を通して、それぞれの人生を重ね合わせているようだ。 始まりは小さな一歩に過ぎなかった。それが野球部を潤滑油に人の輪が自然と広がり、交流が深まっていく。地域内でも野球部の存在感は年を重ねるたびに大きくなっていった。 =文中敬称略= (2006年7月8日付掲載) |
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