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十二日に開幕した全国高校野球埼玉大会に出場する春日部東の中野春樹監督(53)とエースの雄太投手(三年)、川越初雁の宮内誠弘監督(53)と四番の渉主将(三年)。二組の親子鷹が、堅いきずなで夏に挑む。
中野雄太投手は父に勧められた下手投げで才能を開花、今春の県大会準優勝の原動力となった。一方、けがで一年を棒に振った宮内渉主将は、転勤した父と同じ高校に転校、一緒に新たな野球人生を歩んできた。
●春日部東
「手を下げてみるか」。中野監督が雄太投手に下手投げを提案したのは、昨秋の県大会2回戦で本庄一打線に打ち込まれた日の夜だった。
六点差を逆転されての敗退。自宅に帰っても親子の雰囲気は重い。「フォームを変えれば失敗するかもしれない。だが、このままでは進歩がない」。悩み抜いた末の決断。息子は父の勧めに「うん」とだけ答えた。
雄太投手は次の日から一日二百球を超す投げ込みと、地道な走り込みで下手投げをものにした。エースの飛躍とともに、チームは県大会で準優勝するまでに成長した。
投球時の横回転の動きが下手投げに合っていると、監督は息子が入学した時から感じていた。一九九五年、越谷西を夏の甲子園に導いた名将の目が確かだったことを、息子が証明してみせた。
雄太投手は二人の姉と妹がいる。「女性に囲まれていたから、こんなに負けん気が強くなるとは思わなかったな」と父。
その言葉を象徴するのが、二年前の秋の市内大会。春日部共栄との試合中、手の豆がつぶれた。ボールとユニホームは血だらけになったが、雄太投手は一言も痛いと言わず、最後まで投げ抜いた。
家では親子で一緒にナイターを見ながら、配球やフォームについて語り合うこともあるが、普段はあまり話す方ではない。その分、父は投手に関する本や写真集を見つけると、そっと家に置いておく。息子はそれを熱心に読んで研究する。「言葉にしない父の優しさを感じる」。
心で会話をする父と子はこの夏、阿吽(あうん)の呼吸で頂点を目指す。
●川越初雁
「一緒にやらないか」。宮内渉選手の第二の高校野球生活がスタートするきっかけとなったのは、父の一言だった。
渉選手をアクシデントが襲ったのは、帝京高校(東京都)に入学して間もなく、二年前の四月下旬。ウエートトレーニング中に左肩を脱臼。なかなか完治せず、八月には肩にボルトを埋め込む大手術をした。
けがは徐々に回復したが、思うように練習ができない。「他の部員と差が開いていくのを感じた。正直焦っていた」。無理を押して練習するあまり、さらに回復が遅れた。
「野球は続けたいが、このまま周りに迷惑を掛けるわけにはいかない」。年末には、転校も頭をよぎった。その矢先、宮内監督の川越初雁高校への転勤が決まった。朝霞で十五年、新座総合で十二年指揮を執った父にとっても、新たなスタートだった。
肉体的にも精神的にも苦しむ息子の姿を見てきた父は、自宅で夕食を囲んだ時、一緒に野球をやろうと勧めた。渉はうれしかった。「自分を一番理解してくれている父の下で、また一から始めよう」と決心した。
渉は四人兄弟の末っ子。兄たちも高校野球で活躍した。野球に興味を持ったのは小学四年の時。父の「一回練習に行ってこい」という一言だった。それから野球にはまり、今や主将で四番とチームの大黒柱に成長した。
「今、野球を楽しめるのは、温かく自分を支えてくれたチームのみんなと監督である父、そして周りの人たちのおかげ。本当に感謝しています」。体と心の傷も完治した。後はグラウンドで全力を出し切るだけだ。
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