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母さん、父さん天国で見ていてくれたか―。二十三日に県営大宮球場で行われた全国高校野球選手権埼玉大会の深谷商―鷲宮戦。
深谷商の中堅手で主砲の徳山和弘選手(18)は昨秋、最愛の母親寿身さん=当時(46)=を病気で亡くした。中学三年の時には父親の栄幸さん=当時(54)=も病気で失った。二人の姉や親せき、仲間に支えられ、悲しみを乗り越え甲子園を目指してきた。
試合は1―4で惜敗。「負けちゃったけど、精いっぱいやったことを両親に報告したい」。涙を流しながらも徳山選手は前向きだった。
この日、一塁側スタンドでは姉の己未子さん(26)と美華さん(21)が寿身さんの遺影をベンチに置いて応援。己未子さんは「弟はすごいお母さん子だった。試合には必ず応援に来ていたから、母が一番残念だと思う」。
徳山選手は昨夏も三番打者として活躍。スタンドには当然のように寿身さんの姿があった。夏の大会が終わるころ、寿身さんはくも膜下出血で倒れ入院、そして手術。
徳山選手は病院を訪れ、寿身さんの手を握り「明日は熊商と練習試合だよ」と声を掛けると、寿身さんは「熊谷商業?」と返事をした。それが最後の会話だった。寿身さんは昨秋亡くなり、徳山選手は部屋にこもりがちになった。
月日がたつにつれ、心境が変わり始めた。「あれだけいつも応援に来てくれたのだから、甲子園に行けるぐらい頑張って、お母さんの分まで生きようと思った」。副キャプテンになり、打順は三番から四番になった。
練習試合で打ったホームランボールは仏前にささげた。「打たせてくれてありがとう」とそっと語り掛けながら。「父親を亡くして、ずっと母が育ててくれた」。
そんな感謝の気持ちも込めて。美華さんは「弟は母のことをあまり話さないけど、一番お線香を上げるのは弟」と言う。
「母が亡くなって野球はもう続けられないかなと思ったけど、姉や親せき、監督、部員みんなに支えられて頑張ってこれた」。徳山選手は天国の両親に、そして支えてくれた人たち全員に感謝の言葉を送った。
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