「戦後60年、野球できることに感謝」
桶川の平山主将 力強く宣誓
戦後60年。こうして高校野球ができることに感謝し、受け継がれてきたフェアプレーの精神で、全身全霊、正々堂々と競技することを誓います。
「やる前は緊張していたけど、自分の名前が呼ばれたら緊張が吹き飛んだ。気持ちよくできた」。選手宣誓の大役を務めた桶川の平山主将は、力強く、歯切れの良い言葉を球場全体に響かせた。
監督、チームメートと一緒に一週間ほど文案を練り上げた。込めた思いは「野球ができることへの感謝」。平和が続く中、たくさんの人に支えられながら晴れの舞台を迎えたことへの感謝と、高校野球に懸ける思いを「戦後60年」「全身全霊」といった言葉に託した。「ここにいる選手全員に気持ちを伝えたかった。うまくいったと思う」と、満足そうに振り返った。
昨年は初戦敗退の桶川。今年は選手宣誓を引き当てた運を味方に、初戦突破を狙う。平山主将は「選手宣誓をやって自分は勢いをつけた。チーム全体も乗せていきたい」と、顔を引き締めた。
連覇へ王者の風格
浦和学院 164校の先頭で行進
昨年優勝のAシード浦和学院は、164校の先陣を切って登場。優勝旗を持った今成主将を先頭に威風堂々と行進した。今成は「優勝旗をまた自分の手に戻したい。甲子園に絶対行く」と力強く誓った。
列の中ほどに位置した三塁手の藤倉が声を出し、全員が一糸乱れず両手両足をそろえてさっそうと行進。森監督は「練習通り完ぺき。よくできている」と見事な入場行進に満足そうだった。
チームは秋、春と県内の公式戦19連勝中。ただ、春季関東大会準決勝で慶応に屈辱のコールド負けを喫し、プライドを懸けて大会に挑む。今成は「コンディションはいい。勝つことでいい流れに持っていけると思う」と顔を引き締めた。
司会務めた松山女の小山さん
さわやかに開会告げる
「ただ今から、第87回全国高等学校野球選手権埼玉大会の開会式を行います」―。選手入場を待ち望む大勢の観客が見守る中、さわやかな声で夏の始まりを告げたのは、司会を務めた松山女子高放送部の二年生、小山亜希子さん(16)。
「すごく緊張してる」。本番前の表情とは裏腹に、落ち着いた進行ぶり。「本番中は必死でした。でも、今までで一番多くの人の前でしゃべった」と約50分間の大役に充実感も漂う。間近で見た入場行進には「同じ高校生なのにビシッとしててすごい」と、感動した様子だった。
2年ぶり夏出場の幸手商
「今年こそ点奪う」
幸手商が2年ぶりに夏の舞台に帰ってきた。部員不足から昨年秋と今年春の大会は不出場。針ケ谷主将は「緊張はない。とにかくうれしい」と喜びを語った。
この春まで部員は3年生2人。1、2年生の入部や野球部を辞めた3年生が復帰し、12人まで増えた。中には野球の未経験者もいて、同主将も「目標はエラーの少ない試合」と控え目。
4年ぶりの夏出場となった前回、初戦で無安打に封じられてコールド負け。今夏の初戦はCシード埼玉栄に挑む。主砲の鳥海は「今年こそ安打を打ち、得点を奪う」と闘志をみせた。
鳩山のスラッガー浦野
「ホームラン狙う」
公式戦20本以上の本塁打を誇る鳩山3年のスラッガー浦野将志一塁手。172センチ、98キロ。「ドカベン」のような体格を生かし、打席では常にフルスイング。「パワーしか取りえがないですから」とはにかむ。
100キロ以上のダンベルを軽々と持ち上げるという両腕でバットを振り回し、左打席から右方向のスタンドを狙い打つ。
昨年は熊谷公園球場で、ライトスタンドへの場外弾を放ち、球場を沸かせた。初戦は強豪春日部共栄。「チャンスがあれば、もちろんホームランを狙いたい」と拳を握った。
イヤーオブコーチ受賞の市浦和・中村監督
「初心に戻り無心で戦う」
開会式を特別な思いで見守ったのは、ことし日本高野連から「イヤーオブザコーチ」を受賞した市浦和の中村三四監督。1988年に同校を全国高校選手権に初出場させ、4強に導いた実績を持つ。「初心に戻り無心で戦いたい」と力を込める。
この受賞を契機に過去を振り返ることができたそうで、「年月がたっても野球の本質は変わらない」と語る。今夏は右腕内谷を軸とした守りのチーム。順当なら2回戦で花咲徳栄と対戦するなど厳しい組み合わせだが、「ミラクルでも何でもいいから勝ちたい」と気合を入れ直した。
マウンドに立ててうれしい
入間・西武小6年 関谷君が始球式
開幕戦の始球式を務めたのは、入間市立西武小6年で少年野球「西武カージナルス」の投手、関谷知己君(12)。
「ど真ん中めがけて思いっきり投げた」という球は、しっかりとした球筋を描き、右打者の内角高めに見事ストライク。「観客が大勢いて緊張したけど、マウンドに立ててうれしかった」と、大舞台を楽しんだ様子だった。
高校2年の兄(拓己)は入間向陽の捕手として大会に出場している。6月末に始球式が決まって以来、家の前でキャッチボールをしてくれたのも兄だった。「ぼくも将来は高校野球をやる。甲子園に行きたい」と、目を輝かせていた。
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