球児たちの決断〜野球留学について考える

3. 県外の高校進学選択
激戦区で文武両道

 

「慶応でやりたいのが一番だった」と話す漆畑哲也

 県内流入とは逆に、県外の高校に進学した選手たちにはどんな理由があったのか。神奈川・慶応に進学した2人の選手にスポットを当てる。

 久喜東中出身の漆畑哲也は、越ケ谷シニアで全国大会に出場した実績と学力が認められて3年前に推薦入試で同校に入学した。

 漆畑は「自分たちの力で歴史を変えたかった。慶応の自主性を重んじる野球部の雰囲気にひかれたし、勉強も頑張りたいと思ったから」と理由を話す。

 地元埼玉から甲子園を目指すことも、もちろん選択肢の一つにはあった。実際、漆畑の兄雅彦は浦和学院で3度、甲子園に出場している。兄の後を追うことは夢舞台を経験するには近道だったはず。毎朝6時に起床し、遅い時には帰宅が午後11時を過ぎるような現在の生活を送ることもなかった。

 それでも、自分の選択した道に間違いはなかったと言い切る自信がある。慶応は今春、45年ぶりに甲子園に出場。主将としてチームを引っ張り、ベスト8入りもした。もし出場できなかったとしても、文武両道の道を追い求めたことに後悔などはなかったはずだ。

 慶応が推薦入試制度を始めたのは2003年。1教科の最高を5点とすれば、9教科で38点以上が学力の合格ラインで、運動などさまざまな分野で優秀な成績を修めた受験生を面接などを経て入学させている。平均で5倍の関門を突破するのは毎年40人ほど。そのうち約10人が野球部に入学するという。

 同校の谷地俊太郎(白岡篠津中出身)は、漆畑とは少し事情が異なる。よりレベルの高いところに身を置きたかったのが理由だ。

 「埼玉と神奈川で違うのは中堅校の数。もし、神奈川のベスト8ぐらいが埼玉県大会に出場しても、優勝チームといい試合をすると思う。それほど勝ち上がるのが大変な激戦区。選抜大会で力を出せたのは、接戦を勝ち抜いたからだと思う」と胸を張る。

 谷地は春日部シニアで全国準優勝の実績があり、東北の高校からも誘われた。そこに進学すれば甲子園に出場することは十分可能だったが、「甲子園に出るだけでいいのか」と真剣に考えた末、慶応を選んだ。

 同校には北海道などから来ている選手もいる。今後も推薦入試制度は続けていく予定だという。

(2005年6月27日掲載)

ニュースの詳細は埼玉新聞でどうぞ。
購読申し込みは0120-633-888またはこちら。
saitama-np.co.jpの記事・写真の無断転載を禁じます。
日本の著作権法並びに 国際条約により保護されています。
Copyright 2005 The Saitama Shimbun