熱きあのとき
▽7 勝利への執着心学ぶ

サッカー・浦和市立 堀之内 聖選手

「今でも当時のサッカー部員との付き合いは続いている」と話す堀之内聖選手
「名門」復活を印象づけた1996年の浦和市立高サッカー部の中心選手だった堀之内聖選手(左)

 

 「名門」復活を印象づけた。さいたま市立浦和高サッカー部に年表があるならば、一九九六年は太文字で記録されることばかり。OBたちにとっても、さぞ鼻の高い一年だったに違いない。

 当時二年生ながらボランチとしてチームを支えたのが、堀之内聖選手。「無我夢中だったが、振り返ると、ものすごい結果を残した年だった」。県新人大会での十七年ぶりの優勝を皮切りに、関東高校大会には二十一年ぶりに出場。学校総体を十五年ぶりに制し、十三年ぶりに出場した全国高校選手権では8強入りした。

 百人近い部員を擁しながら、一年生からレギュラーとして起用された。「ポジション争いは激しかったし、使ってくれる磯貝監督(当時)の期待に応えなければ」との一心でサッカーに打ち込んだ。

 サッカー部は全国高校選手権で四度優勝し、高校総体も六七年に制覇するなど、輝かしい実績を誇る。それでも進学校ゆえ、「サッカーと勉強のメリハリをつけられる生徒が多かったし、僕自身も普通の高校生活を送っていた」。

 堀之内選手の高校総体は初戦で丸岡(福井)に0―2で完敗。「悔しさしか残っていない」と本来の力を発揮できぬまま終わった。自身の経験を踏まえ、「失敗を恐れずに思い切って挑戦してほしい」と、競技を問わず高校総体に出場する全選手にエールを送る。

 毎年一月二日に行われる現役、卒業生によるサッカー部の初げりには欠かさず参加。プライベートの友人は、高校時代のサッカー部員が多く、「あの時、おまえが決めていれば勝てたとか、いつもそんな話で盛り上がる」。

 Jリーグの浦和レッズで活躍している現在も母校の近くをよく通る。夕焼けのようなオレンジ色のユニホームを着て練習するサッカー部の姿が目に入る時がある。後輩たちに元気をもらいながら、「勝利への執着心を学んだ」という三年間は、プロになった今も精神的支柱になっている。

 堀之内聖(ほりのうち・さとし) Jリーグ浦和レッズの選手。さいたま市立浦和高(旧浦和市立高)―東学大出。大学時代はユニバーシアード代表。2002年、浦和レッズに加入。05年からレギュラーとなり、昨季までリーグ85試合出場、6得点。Jリーグトップの守備力を誇る浦和DFの一人。さいたま市出身。28歳。

(2008.07.08付掲載)

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