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熱きあのとき
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▽6 仲間とのきずな今も
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剣道・皆野 大沢規男選手
三十年前は剣道一筋の熱中時代だった。「高校三年間が、今の自分の基礎を築いてくれた。あの時がなければ、今の自分はなかった」と言い切る。全日本選手権で準優勝し、世界選手権に出場した八段の剣豪にとって、高校時代が人生の出発点だった。 皆野町で生まれ育ち、皆野中から皆野高へ。剣道は小学五年から始めた。それまではどこにでもいる野球小僧。町に道場ができたのがきっかけだった。 皆野高剣道部では、埼玉高校剣道界の育ての親とも言われる名将、根岸光男監督(故人)が熱血指導していた。大沢さんは二、三年時に二年連続で高校総体出場。三年時は主将と大将を任され、県内大会はすべて優勝した。 毎朝七時からけいこ。放課後も三時間みっちり練習した。「休めたのは正月だけ。血のおしっこも出た」。最もつらかった思い出は、朝げいこ前の道場のぞうきんがけ。「一年生の時はでっかい道 場を同級生三人でぞうきんがけをする。特に冬はバケツからこぼれた水が凍ってしまうほど寒かったので大変だった」 根岸監督も厳しかった。三年時のある練習試合の日に三十九度の発熱。「さすがに体が震えて、きょうは休ませてください」と言った。しかし根岸監督に「ばか野郎。お前がいなければ試合にならない」と一喝されたという。フラフラの状態で臨んだ大沢さんは全勝。すると監督は「大沢は熱が出た時の方が強いな」。 それでも「先生は厳しい面もあったが、僕たちを自分の子どものようにかわいがってくれた。愛情を感じていた」と感謝している。部員同士も「厳しいけいこの中、お互いに励まし合ってきたから、絆(きずな)は強かった。今でも先輩、後輩仲良くやっている」と笑顔を見せる。 現在は警察学校で剣道の教師。県内トップレベルの高校生を指導する機会もある。「自分は剣道によって内気な性格が変わった。年上の方を敬い、後輩を思いやる大切さを知った。若い時に何か一つのことに打ち込むことは素晴らしく、得るものは大きい」。大沢さんにとって、剣道は人生そのものだ。 大沢規男(おおさわ・のりお) 県警察学校術科教養係長。皆野高時代、団体で2年時、3年時は主将、大将で高校総体に出場。いずれも16強。28歳の全日本選手権で準優勝し、32歳で日本代表として世界選手権に出場した。昨年、最高段の8段を取得。今秋の国体出場を目指している。皆野町出身。深谷市在住。48歳。 (2008.07.07付掲載) |
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