熱きあのとき
▽2 才能開花、高校横綱に

境川部屋力士 豪栄道豪太郎関さ

「高校総体は3年間しかない。優勝を狙って頑張ってほしい」と話す豪栄道関
埼玉栄高3年時に「高校横綱」になった豪栄道関(当時沢井・右)=2004年8月3日、高校総体個人決勝(山口県)

 

 「高校総体は一番大事で、特別な大会だった」。大相撲名古屋場所に西前頭四枚目で挑む豪栄道関。埼玉栄高相撲部時代を思い出し、きっぱりと語った。

 あのときの夏は、いつも高校総体が身近にあった。一年時には、次鋒(じほう)として団体に出場し決勝まで全 勝で、三年ぶり三度目の優勝に貢献した。二年時は団体 2回戦で敗れたが、大将としてチームを引っ張った三年 時に王座を奪還。個人でも頂点に立ち、高校横綱に輝い た。

 大阪府寝屋川市出身。小学五年の時にわんぱく相撲で全国優勝していたが「中学では相撲にやる気をなくしていた」という。体が小さく、なかなか勝てなかった。次第に友達と遊びたい気持ちの方が勝っていった。

 そんな時、人生の転機が訪れる。埼玉栄高相撲部の山田道紀監督が「体のバネと面構えがいい」と大阪に出向いて勧誘。埋もれかけた才能をすくい上げた。「見てくれていた人がいるんだとびっくりした。強いところに行って頑張ろう」。

 勧誘時より体を一回り大きくしてから、埼玉栄高に入学。そんな姿を見て山田監督は「相撲が好き、埼玉に来て変わりたいという気持ちが伝わった。何よりも素直」と振り返る。将来性が見込まれ、一年から高校総体の団体メンバーに入った。

 この経験を豪栄道関は「高校総体での一番の思い出」として挙げた。一人でやるものだと思っていた相撲。その考えを覆された団体優勝。一人が強くても勝てない。五人の力が一つになってこそ、成し得た結果に「感動した」と胸を熱くした。

 高校時代、仲間たちと寮で家族同然に暮らしながら、技術だけではなく心も磨いた。その経験は角界に入っても息づく。しこ名に母校の「栄」の文字を入れたのは感謝の証し。「あの三年間がなければ、今の自分はなかった。高校生にとって一番の大会で、気持ちで負けないように頑張ってほしい」と、後輩たちにエールを送った。

 豪栄道豪太郎(ごうえいどう・ごうたろう=本名沢井豪太郎) 大相撲幕内力士。埼玉栄高出。埼玉栄高時代の2004年に高校横綱となり、05年初場所で初土俵。06年九州場所で新十両昇進。07年秋場所新入幕。敢闘賞1回。大阪府出身。境川部屋所属。22歳。

(2008.07.03付掲載)

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