|
北京に羽ばたけ 五輪へ挑む埼玉の精鋭たち
|
|||
|
◆ 1 ◆
闘争心胸に日進月歩 サッカー男子 細貝萌(浦和レッズ) |
|||
|
今季からサポーターなどから求められるサインに星を表す「☆」を書くようになった。「輝きたいという思いを込めた」。北京五輪は、サッカー選手としてのキャリアの中で、まばゆい光を放つのにふさわしい舞台になるだろう。 U―15(15歳以下)から各年代の日本代表に招集され、国際大会の経験は豊富だ。それでも五輪は特別。「普段はあまりサッカーに関心がない人でも見てくれる。注目度が高い」。メンバーに選ばれた喜びをかみしめながら、日本の勝利に全力を尽くす。 五輪代表の反町康治監督は「心という部分を大切にして選んだ」と、ハートの強さをメンバー選考のポイントに挙げた。細貝以外の代表メンバーは、各チームで主力として活躍している選手ばかり。今季こそリーグ14試合に出場しているものの、浦和では確固たるポジションがあるわけではない。「(反町監督には)気持ちの面を買ってもらったと思う。気持ちを出していきたい」。闘争心が一番のセールスポイントであることを自負する。 前橋育英高(群馬)3年生だった二〇〇四年、日本サッカー協会・Jリーグ特別指定選手として浦和に登録。JR高崎線を使って片道約2時間かけ、大原サッカー場での練習に参加していた。 Jリーグの複数クラブに誘われ、進路に迷った時期があった。食事をするため、浦和の関係者とともにさいたま市内の飲食店を訪れると、森孝慈GMや中村修三強化部長(いずれも当時)、勧誘の助っ人として岡野雅行や内舘秀樹のベテランなどが既に待機していた。浦和が現役選手を動員し、チームを挙げて獲得に動いたのは後にも先にも細貝ただ1人。期待の高さを裏付けている。 ハードな守備だけでなく、豪快なヘディングや球を長く運んでのシュートなど攻撃面での成長も日進月歩。浦和、各年代の代表を問わず本職のボランチだけでなく、ストッパーや左右MFなどでも起用されてきた。「与えられたところで役割をこなしたい。日本が勝つために」。多彩なポジションをこなせる能力と端正なマスクからは想像しがたい闘志。北京の地の活躍で、ファンが倍増するかもしれない。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 細貝萌(ほそがい・はじめ) サッカー男子代表。2005年、Jリーグの浦和へ加入。同年4月9日のG大阪戦でデビュー。第85、86回天皇杯全日本選手権では準々決勝から決勝までフル出場し、連覇へ貢献。浦和の背番号は3。前橋育英高出。177センチ、64キロ。群馬県出身。22歳。 (2008.08.01付掲載) |
|||
|
ニュースの詳細は埼玉新聞でどうぞ。 |