2018年9月6日(木)

閉鎖から48年 眠る岩窟、保存活用へ一歩踏み出す 小川・古寺鍾乳洞、土地所有者が町に寄付

古寺鍾乳洞の土地寄付契約書を手にする小久保弘子さん(右)と松本恒夫町長=小川町役場
一般開放されていた当時の古寺鍾乳洞内の写真絵はがき(小川町の自然地質編から)

 小川町大河地区にある「古寺鍾乳洞」の土地が、地権者から町に寄付された。江戸時代から「名所」と知られ一般開放されていたが、1970(昭和45)年に観覧を中止して以来、閉鎖されたままだ。同町は「将来の保存活用の第一歩を踏み出すことができた」としている。

 古寺鍾乳洞は下古寺の槻川の支流で、金嶽川左岸の山際にあり、長さ約50メートル、高さは約1〜6メートル。「新編武蔵風土記稿」にも「岩窟」と紹介されるなど古くから「名所」として知られる。

 34(昭和9)年、旧大河村を中心に古寺鍾乳洞保存会が結成された。2年後には県天然記念物に指定され、洞内を整備、開洞式が行われた。同会による見取り図も作られ、写真絵はがきも発行された。

 「観光洞」として開放されていた時期は見学者も多かったようだ。「紙すき体験と鍾乳洞の見学が学習院初等科の遠足コースに選ばれ、名勝地だった」。町立図書館の新田文子館長は開放当時の様子を語る。

 しかし70(同45)年、洞内のはしごが腐食するなど管理上の問題で一般観覧は中止、閉鎖された。閉鎖前に県立川越高校地学部が調査し、実測図を作成した。内部には池もあり、洞内の気温と湿度はほぼ一定で、湿度は90%以上あり、じめじめしているとの記録がある。

 昨年6月、洞窟を含む一帯の土地を所有する小久保角次さんが逝去。その後、妻の弘子さん(77)が、角次さんが生前、相談していた同じ町内会の小林一雄さん(75)を通じ「鍾乳洞の土地を町に寄贈したい」との意向を示し、話し合いを重ねてきた。8月に松本恒夫町長と土地寄付契約書締結を交わした。

 小久保弘子さんは「かねてから夫が気に掛けていたが、町に寄贈でき喜んでいると思う。町の発展のために役立ててもらえれば」と話した。

 同町教委生涯学習課の吉田義和さんは「(町にとっては)将来の保存活用の第一歩。県指定天然記念物としての価値を損なわないように、学術的・安全管理上の詳細な調査を行い、保存・活用できるか検討したい」と説明した。

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