2018年8月1日(水)

本田美奈子ミュージアム、大好きだった朝霞でプレオープン 母親「笑顔が目に浮かぶ」 9月に正式オープン

プレオープンで一般公開された本田美奈子ミュージアムの写真パネルや舞台衣装などの展示品=31日、朝霞市膝折町4丁目
記念式典でテープカットする(左から)本田さんの母親工藤美枝子さん、ミュージアム館長の浜田大さん、朝霞市の富岡勝則市長、芸能プロダクション「BMI」社長の高杉敬二さん=31日、朝霞市膝折町4丁目

 ポップス歌手やミュージカル女優として活躍しながら、2005年に38歳の若さで急性骨髄性白血病で亡くなった本田美奈子さんのパネルや舞台衣装など遺品を展示した「本田美奈子ミュージアム」が31日、本田さんゆかりの朝霞市にプレオープンした。この日は本田さんの誕生日だったことから、記念式典と2時間だけの一般公開を行った。本田さんの母親ら関係者は「美奈子の笑顔が目に浮かぶ」「美奈子の生き方を感じ取ってほしい」と話した。

 本田さんはデビュー前から亡くなるまでの二十数年間、朝霞市の自宅から都内などの仕事場に通っていたほど朝霞が好きだった。そんな地元から「第2の美奈子を輩出しよう」と、本田さんが所属していた事務所や地元の芸能プロダクションなど関係者らが開設準備を進めていた。

 同ミュージアムを開設したのは、芸能プロダクション「Hスリーアップ」(朝霞市膝折町、浜田大代表取締役)と同社芸能事業部(東京都世田谷区)の和泉義晴さん、本田さんが所属していた芸能プロダクション「BMI」(東京都港区、高杉敬二代表取締役)。

 開設場所は、浜田さんが経営する運送会社「アニメート」(朝霞市膝折町4丁目)の倉庫内で、ミュージカルを目指す地元の子どもたちのために、「Hスリーアップ」が昨年、同敷地内に開校したミュージカルスクール「アミティエ」の一部を改装して同ミュージアムを設営した。

 この日の記念式典には、本田さんの母親工藤美枝子さんや朝霞市の富岡勝則市長らも出席。本田さんを育てたBMIの高杉さんは「倉庫に眠っていた遺品を展示して、美奈子がようやく朝霞に戻ったという思い。ミュージアムで美奈子の生き方を感じ取ってもらえれば」とあいさつした。

 同ミュージアムの館長を務める浜田さんは「昨年開校したスクールとミュージアムを通じて、子どもたちの夢を育む場にしたい」と抱負を語った。母親の工藤さんは「誕生日にオープンできたことはうれしく、朝霞が大好きだった美奈子の笑顔が目に浮かびます」と目頭を押さえていた。

 正式オープンは9月から、毎月第2土曜日と日曜日に一般公開する。ミュージアムには、「BMI」が所有する本田さんが舞台やコンサートで使用してた衣装をはじめコンサートの写真パネルやトロフィーなど数百点が展示されているほか、コンサートなどの秘蔵映像を放映する。正式オープンまでに、本田さんの舞台出演時の楽屋を再現する。

 9月からの開館時間は午前11時〜午後5時。入場料は500円。問い合わせは、Hスリーアップ(電話048・458・3927)へ。

■本田美奈子さん

 朝霞市の小、中学校を卒業。1985年にアイドル歌手としてデビューした。「1986年のマリリン」などがヒット。92年、ミュージカル「ミス・サイゴン」の主役に抜擢され、「レ・ミゼラブル」や「屋根の上のバイオリン弾き」に出演、高い評価を受けた。2005年1月に白血病を発症、同年11月6日に亡くなった。10カ月の闘病生活中、「生きるために生きる」とする信念に基づき、難病患者を支援する団体「LIVE FOR LIFE」を設立。本田さんの死後、関係者が本田さんの意思を引き継ぎ、NPO法人として追悼イベントや募金活動などに取り組んでいる。

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