2017年3月12日(日)

<震災6年>帰還を阻む現実 避難生活を送る双葉町民ら、加須で追悼

献花台が用意され、多くの人々が震災犠牲者を追悼した=11日午後2時6分、加須市騎西の双葉町社会福祉協議会加須事務所

 大切な人を思い浮かべ、あの日を再び心に刻んだ。「もう一度会いたい」。古里やつながりが突然奪われた東日本大震災から11日で6年。復興で町が姿を刻々と変える中、時がたつほど思いは募る。癒えない悲しみを抱えて、人々は歩みを重ねる。加須市内では東京電力福島第1原発事故で避難生活を送る双葉町民らが黙とうをささげた。「毎朝、古里を思い出す」。無念と涙。帰還への思いは募るが、現実が夢を阻む。

 加須市騎西の双葉町社会福祉協議会加須事務所では、埼玉県内に避難している双葉町民ら約120人が集まった。震災発生の午後2時46分に合わせ、双葉町の方角に向かって黙とうした。事務所には献花台が設置され、訪れた人たちが花を手向けていた。

 双葉町埼玉自治会の会長で加須市で避難生活を送る藤田博司さん(77)は「双葉は帰還困難区域で、この先何年たったら戻れるか分からない」と語る。福島の自宅は中間貯蔵施設の候補地にもなっているという。藤田さんは追悼の会で町民間の交流の大切さに触れ「皆さんの元気な顔を見ることができて安心した。一緒に暮らした仲間。これからもこの苦境を乗り越えていきたい」とあいさつした。

 前双葉町長で加須市に住む脱被ばく東電原発事故研究所所長の井戸川克隆さん(70)は、町民一人一人に声を掛けて回った。「町民は内心、悔しさや無念さでいっぱいだ。この状況を乗り越えようと、たくましく生きる姿に心が痛む」と語った。不自由を強いられている町民の現状に触れ「原発事故がなければこういう苦労をする必要がなかった。政府は率先して町民の声を聞くべきだ」と政府の対応を批判した。

 加須市で暮らす林日出子さん(85)は「気持ちは落ち着かないまま。毎朝、古里のことを思い出す。この時期が来ると、震災の話をテレビで見て、いつも泣きっ放し」と近況に触れた。仲の良かった知人が相次いで亡くなっているという。「知らないうちに亡くなっていて、家族が密葬で済ませたっていうのよ」と寂しそうに話した。

 旧県立騎西高校で避難生活を送り、現在熊谷市に住む大久保吉丸さん(80)は3年ぶりに同校に立ち寄った後、自治会の集まりに参加した。「いろいろ思い出す、ここにいたんだと懐かしい気持ちになった」と旧騎西高校での生活を振り返った。今後については「早く帰りたいという気持ちはあるが、生きているうちに帰れる見込みはない」と語った。

 旧騎西高校では最も多い時で約1400人の双葉町民が生活していた。県教育委員会が県サッカー協会への貸し出しに向け、来年度予算案にグラウンドの整備費などを計上している。11日に同高校の清掃活動を行った加須市シルバー人材センターの高野勝良理事長は、サッカー場への転用について「町の活性化につながればいい」と歓迎した。双葉町の避難所として長く利用されたことに触れ「風化させてはならない。記憶にとどめておくことが大切」と話した。

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