2015年11月18日(水)

6大陸でフルマラソン完走 羽生の元小学校長「来年は南極でレース」

世界6大マラソンの完走認定証(左)と東京マラソン完走後に教え子から贈られた"金メダル"をうれしそうに手にする坂田英昭さん

 羽生市の元小学校長坂田英昭さん(63)は、世界7大陸のうち6大陸で行われているフルマラソンを完走した。最後の大陸となる南極のレースは、来年11月に出場することが決まっている。マラソンを始めて10年ばかり。「過去に栄光の記録やタイムがあるわけではない。ゴールできるだけでうれしい」と柔らかい口調で語る。

 体重86キロ、ウエスト1メートル超、体脂肪率26%。52歳の時、健康診断の数値に医師から「間もなく痛み出す」と痛風の一歩手前であることを指摘された。坂田さんは一念発起し、ジョギングを始めた。最初は自宅から片道250メートルの往復から。しかし後半には足が止まった。「ゆっくりでもいい」。距離が1キロ、5キロと伸びると喜びを覚え、半年で10キロ走ることができるように。

 翌年、教員仲間に背中を押され、いきなりフルマラソンに出場。結果は「タイムなし」。完走に6時間以上かかり、ゴールは撤収されていた。それでも、完走の認定証とメダルが贈られてうれしかったという。学生時代から運動で賞をもらうこととは縁遠かったからだ。

 それから現在まで、フルマラソン約60大会、ハーフで20大会近くに出場。2013年2月には「退職記念」に東京マラソンに臨んだ。完走後、教え子から手渡された手作りの"金メダル"は宝物だ。そして、同マラソンが「世界6大マラソン」に認定されていたことを知る。

 すると、同年から14年にかけて、ニューヨークシティを皮切りにロンドン、ボストン、ベルリン、シカゴと、残りの5大マラソンをほぼ3時間台で次々と走破。「気付けばアジア、北米、ヨーロッパの3大陸を走っていた」。次は世界7大陸に目標を置いた。「一つ達成すると、新たな目標が見えてくる」

 人より前に出ることでも、タイムを縮めることでもなく、焦点は常にゴールラインに定めている。海外で走ることで英語を学び、宿の手配なども自ら行うようになった。家族からは「健康になるならいいじゃない。一人で行ってらっしゃい」と見守られる。

 「メタボおじさんが世界を走るとは思っていなかった」。南極のゴールテープを切った先には、どのような景色が見えるのか。その時が今から待ち遠しそうだった。

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